移民政策
国とは何か? 民族とは何か? これが今、世界中で大問題になっている。この問題を考えるには、まず人類の歴史を辿る必要がある
今地球上には、多数の国々が民族として寄り集まって生活している。1つの民族が、国家という集団を作りあげて生活している。つまり国家とは、単一民族の集まりと言って差し支えない。日本もこの単一民族の国家に当てはまる
では何故民族が寄り集まって国をつくるのか。それは土地という物理的限界があるため、同じ思想・宗教・人種の人々が自然に集まって、1つの集団として国をつくる。つまり人は土地とゆう有限な場に根付き、思想・宗教・人種で統一された民族という集団をつくりあげてきた。これは、世界史を習っている人なら誰でも分かる
これが民族として寄り集まった、国という自然な形になる。だから人は自らの利権を広げるために、土地を奪い合う戦争を繰り返してきた歴史を持つ。今や土地を争う戦争は少なくなったため、国の中での民族対立が頻発しはじめている
国とは基本的に同じ思想・宗教・人種の集まりなので、そこによその集団が移民として定住すれば、そこに別の国が生まれることを意味する。地球上に様々な国が存在するように、国の中に、又別の国が誕生することになる。これはつまり、国家の分断の始まりを意味する
民族は土地に根付くので、広大な土地があれば、自然と民族の融合がおこなわれていく。アメリカは広大な国土を有する故に移民が可能で、多民族国家として成立している。しかし偏った移民により、今や人種問題のるつぼと化している
では日本で大量の移民を受け入れるとどうなるか。人は同じ思想・宗教・人種で集まる習性を持つため、日本国内に別の国が生まれる。移民した人が家族や親戚を呼び寄せ、狭い土地に日本とは別の集団を作り上げる。そして自分達の利権を求め、政治に進出し、国家のような自治権を求め始める
日本という狭い土地に、民族の融和などとゆう理想論など成り立たない
非常に悲観的な観測だが、人類の歴史をみれば当然の帰結です。移民は民族の融合を促し、率先して廻りに溶け込む努力が必須になる
しかし、思想と宗教は絶対に相容れることはない。思想と宗教が異なれば、根本的に異なる文化が土地に根付く。それはもはや防ぎようがない
国連などで国家の衝突を「文明の衝突」と称して対話を呼びかけている。移民を受け入れ多民族国家になれば、国内で「文化の衝突」が起こり、国家間の争いが国内に持ち込まれるはめになる
多民族国家のアメリカは、今や多様な文化のるつぼと化している。しかしそれは広大な土地があるからこそできるのであり、狭い日本では物理的に無理がある
日本という狭い土地に、アッラーの寺院が乱立し、中国街が所狭しと乱立し、韓国街が我が物顔で乱立する様は、正に国家崩壊というしかない。自民党と民主党は、大量の移民で安い労働力を得ようとしている。これは国家崩壊につながる非常に危険な代物です
「今でさえ外国人による凶悪犯罪が増加し、安心して住めなくなっているのに、これ以上増やしてどうするの」との話でしかない。国内の凶悪犯罪が非常に増え、今や窃盗・詐欺・強盗が当たり前の世の中なっている。犯罪も非常に凶悪化し、以前の治安の良かった日本とは明らかに変化している。この現状で、減らすどころか増やそうとするのだから、開いた口が塞がらない。治安の悪化は、国家の変質の予兆とも言えるものだ
西洋の国々の移民政策をみれば、移民があらゆる問題の火種となっている。移民が土地に根付き、そこが別の国のように分離されて荒廃している現状は、大量の移民政策の失敗を意味する
人は思想と宗教と人種によって集団を作り、住む土地に根付く。これは当たり前の行為であり、人類の普遍的な行動です。変えようと思ってできるものではなく、変えようと思えば、思想と宗教と人種の融合という、とてつもない努力と、数十年、数百年単位の膨大な年月が必要です
世界には、世界中に移民を輸出して、そこに自国の文化をつくりあげ、移民した国に融合しない民族もある。典型的なのが、中国と韓国とイスラム国。かれらは移住した国に融合することなく、民族として独立し、自らの利権を主張する。だから世界中で大問題を引き起こす。先住の国民からすれば、国の乗っ取りです
中国・韓国・イスラム国からの移民は国を滅ぼす
移民は文化の定着と同義であり、文化の侵略を意味する。文化という側面から見れば、融和などという理想論など成り立たない。思想と宗教は、融和とは真逆の不寛容そのものであって、文化とは他の文化を受け入れない孤立主義。生活の基本となる教科書が全く違うのだから、融和などという言葉は単なる詭弁にすぎない。狡猾なエセ文化人ほど、他の文化を受け入れろ、と強行に主張する。それは単に利権の拡大にすぎず、自国の文化を破壊する「排他的存在」を認めろとの狂言にすぎない
「文化」とは「利権」そのものだという現実を理解すべき
人が土地に根付くという意味は、そこが住む人の生活様式・生活習慣・社会常識に変わる事を意味する。つまり国の中に別の社会が生まれ、通常の常識が通用しない場所へと変質する。国家の統制が取れなくなり、あらゆる問題の火種になる。移民は必ず社会の分断を引き起こす。これを押さえ込むには、強力な強権によって、犯罪の取り締まりと思想の統制が必要になる。つまり独裁国家のような、強力な国民の取り締まりが横行する、疑心暗鬼の世の中へと変質してしまう。思想と宗教と人種によって国が出来上がったのは、人が安心して暮らせる世の中にするための、合理的な判断によるものだ
「ヘイトスピーチ・ヘイトクライム」という言葉があるが、これは文化の違いによる衝突だ。この言葉は、移民側、そして移民を受け入れる側の両方に使える便利なものだ。文化の衝突はこのような言葉を生み、どちら側にも便利に利用されてしまう。人類はこの文化の衝突を回避するために、長い年月をかけて国という民族の集まりを作り上げてきた。人類の根深い問題を、わざわざ国内に招き入れる必要はないだろう
「ヘイトスピーチ・ヘイトクライム」とは文化の違いによる衝突であり、文化の違いを受け入れない限り、回避など絶対に不可能です。文化の違いとは生活様式の違いであり、生活習慣の違いであり、制度や常識の違いでもある。他の文化を受け入れられないから民族としての国家が生まれたのであり、無理矢理統合しても根深い怨恨しか残らない。人は思想と宗教と人種によって集団を作り、思想と宗教に基づいた司法制度を創る。他の集団を受け入れられるかどうかは、個人の他の文化に対する許容度によって決まる。人はそれほど寛容な生き物では無い。人が寛容であるならば、戦争など起こらない
解決策は土地の文化を尊重し、良き隣人として、民族の同化を図っていくしかない。人が社会に溶け込むには、良き隣人として自らを律っしていくしかない。文化による対立を生めば、残る手段は決裂だけ。大抵の場合、犯罪や差別による衝突によって決裂する。文化の違いとは人の生き方の違いであり、良き隣人と、混乱を招く隣人の二種類が必然的に生まれ出でる。悲しいかな、混乱を招く隣人が大多数を占めるのが世の常になっている。民族として同化できない状況は、社会の混乱しか招かない
中国・韓国・北朝鮮は、国家レベルで日本に対してヘイトクライム(憎悪による暴力)を堂々と行っている。日本に対する暴力(ヘイトクライム)とヘイトスピーチは許されても、日本の反論は絶対に許されない。この理不尽な状況では、まともな関係など築けない。個人に対するヘイトクライムやヘイトスピーチが絶対に許されないのは、人としての倫理であり常識でもある。日本はこのような事は絶対にしてはならないが、「申し訳ないがつきあえない」は何の問題も無い。日本が一方的に貶められる状況を肯定する「NHK・新聞・テレビ」とは、いったい何者なのだろうか?
人が何故国を作り、何故国同士が争うのか。その理由を考えれば、移民は取り返しの付かない事態を招く。移民は広大な土地があればこそ成立するものであって、狭い土地では国家の分断しか生まない
移民という禁断の魔手は「金のため」とのおぞましき欲望からしか生まれ出ない
大量の移民政策をぶち上げる自民党と民主党は、国を滅ぼす国賊としか言いようがない。目先の欲にかられて、大問題を抱え込んだ西洋諸国と同じ失敗を繰り返そうとしているのだから、卑劣な大悪党というほかない
移民政策をぶち上げる輩は、間違い無く日本人ではない(笑)
移民を考える場合、何故移民が発生するのか? という根本を考える必要がある。政治・経済・思想、等々の様々な理由があるが、理由はどうあれ、国からはじき出されたから移民が発生すると考えるのが妥当だろう
これを日本に当てはめると、日本ではじき出された人は移民になる。しかし、今の日本で移民として海外にはじき出される人などいない。つまり安定した国だからこそ、移民は発生しない
移民とは、政治的に不安定な国からの移住であり、安定した国を求めて人は移民を行う。だから移民とは、不安定な社会を生んだ人々を受け入れることでもある。酷な言い方だが、これがまぎれもない現実だ。日本も社会が不安定化すれば、同じ状況に陥る
安易な移民は、国家の崩壊を招く。移民とは、多民族国家を意味するものでしかないからだ
単一民族の日本ができることは、荒廃した国があれば、移民しなくても自活できるように援助することしかない。国として自活できるようになれば、そもそも移民など起こらない。移民が起こらない平和な世界を目指すことこそが、真の移民問題の解決につながる
西洋諸国の移民の失敗は、移民を低賃金で利用しようと大量に受け入れた結果にすぎない。その結果、通常の賃金までもが低下し、社会全体のレベルが低下している。社会のシステムでは、最低レベルが落ちれば、中流以下のレベルが落ちる。高所得層のレベルは落ちない。よって社会の二分化が始まる
低レベルの仕事が全て移民に置き換えられ、中流の仕事も次第に置き換えられていく。あらゆる仕事が低賃金化し、全体の賃金が低下していく。最低レベルが落ちるという事は、中流が無くなることを意味する。社会が完全に二分化され、国全体が麻痺していく。国の崩壊が至る所で起き始め、気がついた時には手の施しようが無い。移民を始めたら、後戻りは決してできない。行き着くところは、国家の崩壊…
日本も又西洋諸国と同じように、移民を低賃金で働かせる労働力として受け入れようとしている。これは正に現代版の奴隷制度の復活だ。廻りとは明らかに低い賃金で働らかされる奴隷は、自らの生きる権利のために反旗をひるがえす
自らの権利を訴え、移民した国そのものをのみこもうとする。奴隷にされた人々は、住む土地を我が国に変えようとする。今や移民を受け入れた国々は、移民に飲み込まれ、移民の人口比率が上回る事態にまで悪化している。移民を受け入れた民族が、小数民族へと転落する。移民により、国体そのものが失われようとしている
自民党と民主党は、正に社会の二分化をめざし、TPPや移民政策を強硬に推し進めている。政治家は高所得者からの献金で動くのだから、当たり前の政策でしかない。それが嫌なら、自民党と民主党を政治の舞台から引きずり下ろすしかない
日本の「NHK・新聞・テレビ」は、この社会の二分化を推し進める最大の推進者。それが嫌なら切り捨てるしかない
世界情勢をインターネットでつぶさに見ていれば、誰でも理解できることだが、日本の大手マスコミは世界の現状を一切報道しない。だから一人ひとりがブログなどで、情報を発信していく必要がある
情報は今やインターネットで世界中と繋がっており、世界規模で情報の共有化が始まっている。日本や世界の現状を隠蔽する「NHK・新聞・テレビ」は、今や不要な時代だということを理解すべき
社会の不安定化は、正しい情報が得られない状況から始まっていく。だから正しい情報が得られない「NHK・新聞・テレビ」は、躊躇無く切り捨てなければならない。単なる娯楽にすぎず、しかも何の役にも立たない娯楽です
国の立法の監視をしない。政治家の本性を伝えない。社会の現実を伝えない。社会の不安定化に繋がる最悪のものであり、切り捨てなければならない理由がある
国家が滅ぶのは、大概内部の抗争か、外敵の進入によって滅ぶ。つまり民族の消滅が、国家の崩壊を意味する。移民とは、国内に別の民族を呼び込むことであり、呼び込んだ民族が更に呼び寄せるため、崩壊が急激に進んでしまう。正に内部崩壊と、外部からの侵略を、自ら進んで行う行為にすぎない。ヨーロッパは急激な移民により、人口比率が変わるほどに崩壊が進んでいる。移民は一度始めると、土地に根付くため止めることができなくなる。一度始めたら、国内に別の文化の国が出来上がり、国家が別の形へと変質してしまう
自民党と民主党を社会にのさばらせて、国家の二分化を黙って受け入れるのか。「NHK・新聞・テレビ」という情報を誤認させるものを社会にのさばらせて、国家の崩壊を見過ごすのか
国の行く末とは、国民の総意に沿って決められたものにすぎない。だから選挙には必ず行き、生活スタイルは自分自身で決めなければならない。こんな国にした覚えが無いと後悔しても、選挙にも行かず、テレビや新聞を見て自堕落な生活を送っていれば、そうなるのは自業自得でしかない。どう嘆こうが、国家の腐敗と崩壊は、住む国民の総意でしかない。人は学び、知識を身につけ、情報を正しく理解できるよう精進しなければならない
インターネットという学ぶための道具があるのだから、十分に活用すべき
技術立国である筈のドイツが、移民の受け入れでどうなったのか。技術水準が大幅に劣化。最早昔日の面影など欠片もない。技術の最低基準が崩壊し、移民の基準に置き換えられる。国家とは人の集まりであり、人が変われば環境までもが変わってしまう
選挙で「自民党」を選ぶのだけは止めましょう。日本の劣化は、政府の少子化推進策(ギャンブル拡大・移民拡大・派遣業の拡大)によって、既に大幅に進行している
日本の少子化の元凶は、未来を見通せない労働環境と、未来を見通せない情報環境にある
つまり、政治政策の失敗です。社会システムの構築に失敗しているのだから、少子化を止められないのは当たり前。無能な政治家による、無能な行政が元凶です。有能な政治家を選べない社会は、没落の一途を辿る。日本は有能な政治家を選べる環境が、完全に失われている
NHKという政治家の発言を鵜呑みにさせる政策は、日本という国を骨の髄まで蝕んでいる
原因の追究と、原因の速やかな修正ができない社会は、社会環境の悪化を止められない。情報環境の整備は必須です
何も外国人の排斥を行え、などとは言っていない(笑)国に溶け込もうとする人を、応援するのは当然だ。文化の違いを乗り越えるには、同化しか手段が無い。同化しようとしないから問題になる(笑)人は異物を受け入れない。これは人の本能だ。受け入れるには、相手に同化する意思があるかどうかが問われる。同化しようとする人を応援するのは、人として当然だ
人が受け入れられるのは、自分にとって良いものだけ。これは人の行動原理。相手にとって良いものでなければ、人は到底受け入れない。これは原則といっていいだろう。この原則を曲げれば、その先にあるのは対立だけだ
良きものであろうとする、人の善良性が問われている
この問題が恐ろしいのは、最終的に「人に合う合わない」の問題になることだ。人は自分に合わないものは拒絶する。それは雰囲気とか、なんとなくとか、虫が好かないとか、感じるもので判断する。理屈じゃなくて、人の「本能」の部分で判断する。これは最早どうしようもない
移民問題は人の本能の問題だ。だから国という集団が自然と出来上がる。移民が日本人と合わないと思ったら、日本の中に日本の法が通用しない「別の国」が出来上がる
集団とは何か。それをじっくりと考える必要があるだろう
今地球上には、多数の国々が民族として寄り集まって生活している。1つの民族が、国家という集団を作りあげて生活している。つまり国家とは、単一民族の集まりと言って差し支えない。日本もこの単一民族の国家に当てはまる
では何故民族が寄り集まって国をつくるのか。それは土地という物理的限界があるため、同じ思想・宗教・人種の人々が自然に集まって、1つの集団として国をつくる。つまり人は土地とゆう有限な場に根付き、思想・宗教・人種で統一された民族という集団をつくりあげてきた。これは、世界史を習っている人なら誰でも分かる
これが民族として寄り集まった、国という自然な形になる。だから人は自らの利権を広げるために、土地を奪い合う戦争を繰り返してきた歴史を持つ。今や土地を争う戦争は少なくなったため、国の中での民族対立が頻発しはじめている
国とは基本的に同じ思想・宗教・人種の集まりなので、そこによその集団が移民として定住すれば、そこに別の国が生まれることを意味する。地球上に様々な国が存在するように、国の中に、又別の国が誕生することになる。これはつまり、国家の分断の始まりを意味する
民族は土地に根付くので、広大な土地があれば、自然と民族の融合がおこなわれていく。アメリカは広大な国土を有する故に移民が可能で、多民族国家として成立している。しかし偏った移民により、今や人種問題のるつぼと化している
では日本で大量の移民を受け入れるとどうなるか。人は同じ思想・宗教・人種で集まる習性を持つため、日本国内に別の国が生まれる。移民した人が家族や親戚を呼び寄せ、狭い土地に日本とは別の集団を作り上げる。そして自分達の利権を求め、政治に進出し、国家のような自治権を求め始める
日本という狭い土地に、民族の融和などとゆう理想論など成り立たない
非常に悲観的な観測だが、人類の歴史をみれば当然の帰結です。移民は民族の融合を促し、率先して廻りに溶け込む努力が必須になる
しかし、思想と宗教は絶対に相容れることはない。思想と宗教が異なれば、根本的に異なる文化が土地に根付く。それはもはや防ぎようがない
国連などで国家の衝突を「文明の衝突」と称して対話を呼びかけている。移民を受け入れ多民族国家になれば、国内で「文化の衝突」が起こり、国家間の争いが国内に持ち込まれるはめになる
多民族国家のアメリカは、今や多様な文化のるつぼと化している。しかしそれは広大な土地があるからこそできるのであり、狭い日本では物理的に無理がある
日本という狭い土地に、アッラーの寺院が乱立し、中国街が所狭しと乱立し、韓国街が我が物顔で乱立する様は、正に国家崩壊というしかない。自民党と民主党は、大量の移民で安い労働力を得ようとしている。これは国家崩壊につながる非常に危険な代物です
「今でさえ外国人による凶悪犯罪が増加し、安心して住めなくなっているのに、これ以上増やしてどうするの」との話でしかない。国内の凶悪犯罪が非常に増え、今や窃盗・詐欺・強盗が当たり前の世の中なっている。犯罪も非常に凶悪化し、以前の治安の良かった日本とは明らかに変化している。この現状で、減らすどころか増やそうとするのだから、開いた口が塞がらない。治安の悪化は、国家の変質の予兆とも言えるものだ
参考資料: 在日外国人による犯罪
西洋の国々の移民政策をみれば、移民があらゆる問題の火種となっている。移民が土地に根付き、そこが別の国のように分離されて荒廃している現状は、大量の移民政策の失敗を意味する
人は思想と宗教と人種によって集団を作り、住む土地に根付く。これは当たり前の行為であり、人類の普遍的な行動です。変えようと思ってできるものではなく、変えようと思えば、思想と宗教と人種の融合という、とてつもない努力と、数十年、数百年単位の膨大な年月が必要です
世界には、世界中に移民を輸出して、そこに自国の文化をつくりあげ、移民した国に融合しない民族もある。典型的なのが、中国と韓国とイスラム国。かれらは移住した国に融合することなく、民族として独立し、自らの利権を主張する。だから世界中で大問題を引き起こす。先住の国民からすれば、国の乗っ取りです
中国・韓国・イスラム国からの移民は国を滅ぼす
移民は文化の定着と同義であり、文化の侵略を意味する。文化という側面から見れば、融和などという理想論など成り立たない。思想と宗教は、融和とは真逆の不寛容そのものであって、文化とは他の文化を受け入れない孤立主義。生活の基本となる教科書が全く違うのだから、融和などという言葉は単なる詭弁にすぎない。狡猾なエセ文化人ほど、他の文化を受け入れろ、と強行に主張する。それは単に利権の拡大にすぎず、自国の文化を破壊する「排他的存在」を認めろとの狂言にすぎない
「文化」とは「利権」そのものだという現実を理解すべき
参考資料: 移民による権利の主張
人が土地に根付くという意味は、そこが住む人の生活様式・生活習慣・社会常識に変わる事を意味する。つまり国の中に別の社会が生まれ、通常の常識が通用しない場所へと変質する。国家の統制が取れなくなり、あらゆる問題の火種になる。移民は必ず社会の分断を引き起こす。これを押さえ込むには、強力な強権によって、犯罪の取り締まりと思想の統制が必要になる。つまり独裁国家のような、強力な国民の取り締まりが横行する、疑心暗鬼の世の中へと変質してしまう。思想と宗教と人種によって国が出来上がったのは、人が安心して暮らせる世の中にするための、合理的な判断によるものだ
「ヘイトスピーチ・ヘイトクライム」という言葉があるが、これは文化の違いによる衝突だ。この言葉は、移民側、そして移民を受け入れる側の両方に使える便利なものだ。文化の衝突はこのような言葉を生み、どちら側にも便利に利用されてしまう。人類はこの文化の衝突を回避するために、長い年月をかけて国という民族の集まりを作り上げてきた。人類の根深い問題を、わざわざ国内に招き入れる必要はないだろう
「ヘイトスピーチ・ヘイトクライム」とは文化の違いによる衝突であり、文化の違いを受け入れない限り、回避など絶対に不可能です。文化の違いとは生活様式の違いであり、生活習慣の違いであり、制度や常識の違いでもある。他の文化を受け入れられないから民族としての国家が生まれたのであり、無理矢理統合しても根深い怨恨しか残らない。人は思想と宗教と人種によって集団を作り、思想と宗教に基づいた司法制度を創る。他の集団を受け入れられるかどうかは、個人の他の文化に対する許容度によって決まる。人はそれほど寛容な生き物では無い。人が寛容であるならば、戦争など起こらない
解決策は土地の文化を尊重し、良き隣人として、民族の同化を図っていくしかない。人が社会に溶け込むには、良き隣人として自らを律っしていくしかない。文化による対立を生めば、残る手段は決裂だけ。大抵の場合、犯罪や差別による衝突によって決裂する。文化の違いとは人の生き方の違いであり、良き隣人と、混乱を招く隣人の二種類が必然的に生まれ出でる。悲しいかな、混乱を招く隣人が大多数を占めるのが世の常になっている。民族として同化できない状況は、社会の混乱しか招かない
中国・韓国・北朝鮮は、国家レベルで日本に対してヘイトクライム(憎悪による暴力)を堂々と行っている。日本に対する暴力(ヘイトクライム)とヘイトスピーチは許されても、日本の反論は絶対に許されない。この理不尽な状況では、まともな関係など築けない。個人に対するヘイトクライムやヘイトスピーチが絶対に許されないのは、人としての倫理であり常識でもある。日本はこのような事は絶対にしてはならないが、「申し訳ないがつきあえない」は何の問題も無い。日本が一方的に貶められる状況を肯定する「NHK・新聞・テレビ」とは、いったい何者なのだろうか?
人が何故国を作り、何故国同士が争うのか。その理由を考えれば、移民は取り返しの付かない事態を招く。移民は広大な土地があればこそ成立するものであって、狭い土地では国家の分断しか生まない
移民という禁断の魔手は「金のため」とのおぞましき欲望からしか生まれ出ない
大量の移民政策をぶち上げる自民党と民主党は、国を滅ぼす国賊としか言いようがない。目先の欲にかられて、大問題を抱え込んだ西洋諸国と同じ失敗を繰り返そうとしているのだから、卑劣な大悪党というほかない
移民政策をぶち上げる輩は、間違い無く日本人ではない(笑)
移民を考える場合、何故移民が発生するのか? という根本を考える必要がある。政治・経済・思想、等々の様々な理由があるが、理由はどうあれ、国からはじき出されたから移民が発生すると考えるのが妥当だろう
これを日本に当てはめると、日本ではじき出された人は移民になる。しかし、今の日本で移民として海外にはじき出される人などいない。つまり安定した国だからこそ、移民は発生しない
移民とは、政治的に不安定な国からの移住であり、安定した国を求めて人は移民を行う。だから移民とは、不安定な社会を生んだ人々を受け入れることでもある。酷な言い方だが、これがまぎれもない現実だ。日本も社会が不安定化すれば、同じ状況に陥る
安易な移民は、国家の崩壊を招く。移民とは、多民族国家を意味するものでしかないからだ
単一民族の日本ができることは、荒廃した国があれば、移民しなくても自活できるように援助することしかない。国として自活できるようになれば、そもそも移民など起こらない。移民が起こらない平和な世界を目指すことこそが、真の移民問題の解決につながる
西洋諸国の移民の失敗は、移民を低賃金で利用しようと大量に受け入れた結果にすぎない。その結果、通常の賃金までもが低下し、社会全体のレベルが低下している。社会のシステムでは、最低レベルが落ちれば、中流以下のレベルが落ちる。高所得層のレベルは落ちない。よって社会の二分化が始まる
低レベルの仕事が全て移民に置き換えられ、中流の仕事も次第に置き換えられていく。あらゆる仕事が低賃金化し、全体の賃金が低下していく。最低レベルが落ちるという事は、中流が無くなることを意味する。社会が完全に二分化され、国全体が麻痺していく。国の崩壊が至る所で起き始め、気がついた時には手の施しようが無い。移民を始めたら、後戻りは決してできない。行き着くところは、国家の崩壊…
日本も又西洋諸国と同じように、移民を低賃金で働かせる労働力として受け入れようとしている。これは正に現代版の奴隷制度の復活だ。廻りとは明らかに低い賃金で働らかされる奴隷は、自らの生きる権利のために反旗をひるがえす
自らの権利を訴え、移民した国そのものをのみこもうとする。奴隷にされた人々は、住む土地を我が国に変えようとする。今や移民を受け入れた国々は、移民に飲み込まれ、移民の人口比率が上回る事態にまで悪化している。移民を受け入れた民族が、小数民族へと転落する。移民により、国体そのものが失われようとしている
自民党と民主党は、正に社会の二分化をめざし、TPPや移民政策を強硬に推し進めている。政治家は高所得者からの献金で動くのだから、当たり前の政策でしかない。それが嫌なら、自民党と民主党を政治の舞台から引きずり下ろすしかない
参考資料: 自民党国際人材議員連盟という売国奴集団
日本の「NHK・新聞・テレビ」は、この社会の二分化を推し進める最大の推進者。それが嫌なら切り捨てるしかない
世界情勢をインターネットでつぶさに見ていれば、誰でも理解できることだが、日本の大手マスコミは世界の現状を一切報道しない。だから一人ひとりがブログなどで、情報を発信していく必要がある
情報は今やインターネットで世界中と繋がっており、世界規模で情報の共有化が始まっている。日本や世界の現状を隠蔽する「NHK・新聞・テレビ」は、今や不要な時代だということを理解すべき
社会の不安定化は、正しい情報が得られない状況から始まっていく。だから正しい情報が得られない「NHK・新聞・テレビ」は、躊躇無く切り捨てなければならない。単なる娯楽にすぎず、しかも何の役にも立たない娯楽です
国の立法の監視をしない。政治家の本性を伝えない。社会の現実を伝えない。社会の不安定化に繋がる最悪のものであり、切り捨てなければならない理由がある
国家が滅ぶのは、大概内部の抗争か、外敵の進入によって滅ぶ。つまり民族の消滅が、国家の崩壊を意味する。移民とは、国内に別の民族を呼び込むことであり、呼び込んだ民族が更に呼び寄せるため、崩壊が急激に進んでしまう。正に内部崩壊と、外部からの侵略を、自ら進んで行う行為にすぎない。ヨーロッパは急激な移民により、人口比率が変わるほどに崩壊が進んでいる。移民は一度始めると、土地に根付くため止めることができなくなる。一度始めたら、国内に別の文化の国が出来上がり、国家が別の形へと変質してしまう
自民党と民主党を社会にのさばらせて、国家の二分化を黙って受け入れるのか。「NHK・新聞・テレビ」という情報を誤認させるものを社会にのさばらせて、国家の崩壊を見過ごすのか
国の行く末とは、国民の総意に沿って決められたものにすぎない。だから選挙には必ず行き、生活スタイルは自分自身で決めなければならない。こんな国にした覚えが無いと後悔しても、選挙にも行かず、テレビや新聞を見て自堕落な生活を送っていれば、そうなるのは自業自得でしかない。どう嘆こうが、国家の腐敗と崩壊は、住む国民の総意でしかない。人は学び、知識を身につけ、情報を正しく理解できるよう精進しなければならない
インターネットという学ぶための道具があるのだから、十分に活用すべき
技術立国である筈のドイツが、移民の受け入れでどうなったのか。技術水準が大幅に劣化。最早昔日の面影など欠片もない。技術の最低基準が崩壊し、移民の基準に置き換えられる。国家とは人の集まりであり、人が変われば環境までもが変わってしまう
選挙で「自民党」を選ぶのだけは止めましょう。日本の劣化は、政府の少子化推進策(ギャンブル拡大・移民拡大・派遣業の拡大)によって、既に大幅に進行している
日本の少子化の元凶は、未来を見通せない労働環境と、未来を見通せない情報環境にある
つまり、政治政策の失敗です。社会システムの構築に失敗しているのだから、少子化を止められないのは当たり前。無能な政治家による、無能な行政が元凶です。有能な政治家を選べない社会は、没落の一途を辿る。日本は有能な政治家を選べる環境が、完全に失われている
NHKという政治家の発言を鵜呑みにさせる政策は、日本という国を骨の髄まで蝕んでいる
原因の追究と、原因の速やかな修正ができない社会は、社会環境の悪化を止められない。情報環境の整備は必須です
何も外国人の排斥を行え、などとは言っていない(笑)国に溶け込もうとする人を、応援するのは当然だ。文化の違いを乗り越えるには、同化しか手段が無い。同化しようとしないから問題になる(笑)人は異物を受け入れない。これは人の本能だ。受け入れるには、相手に同化する意思があるかどうかが問われる。同化しようとする人を応援するのは、人として当然だ
人が受け入れられるのは、自分にとって良いものだけ。これは人の行動原理。相手にとって良いものでなければ、人は到底受け入れない。これは原則といっていいだろう。この原則を曲げれば、その先にあるのは対立だけだ
良きものであろうとする、人の善良性が問われている
この問題が恐ろしいのは、最終的に「人に合う合わない」の問題になることだ。人は自分に合わないものは拒絶する。それは雰囲気とか、なんとなくとか、虫が好かないとか、感じるもので判断する。理屈じゃなくて、人の「本能」の部分で判断する。これは最早どうしようもない
移民問題は人の本能の問題だ。だから国という集団が自然と出来上がる。移民が日本人と合わないと思ったら、日本の中に日本の法が通用しない「別の国」が出来上がる
集団とは何か。それをじっくりと考える必要があるだろう
BackGround: 小林市
司法の敗北
司法とは、国家が既定の法律を実際の事実に適用する行為。その根幹にあるのは、国民から選ばれた政治家の政策だ。司法と政治家の政策は、本来切り離す事などできない。民主政治が徹底してる先進国アメリカでは、完全に切り離されているから恐ろしい(笑)日本にアメリカの精神を持ち込むには、政治家を変えるしか道は無い
日本の三権分立は見かけだけで、実際は政治家の意向が存分に反映されている。最高裁判所の判事の任命は、内閣が行う。だから「司法」と「政治」は切り離せない(笑)司法の判断に怒ってみても意味が無い(笑)怒るなら、判事を選んだ政治家を排除するしか道が無い・・・
司法の判断が不服なら、政治家を変えればいいだけだ。アメリカの判事は終身制。死ぬまで変えるなどできない。アメリカ怖い(笑)日本の場合、政治家を変えるだけで、司法の正常化が図れる(笑)政権与党の自民党を政権から引きずり落とすだけで、司法の正常化が図れる(笑)内閣が裁判官を任命するのだから、裁判官を幾ら変えようが意味が無い。政治家を変えれば、司法が簡単に正常化する。日本はそういう国だと理解すべき
「裁判には時間が掛かるから、判決が出る前に、腐敗政治家は排除してね♪」という時間稼ぎが司法の大事な役割(笑)腐敗政治家を排除できない、国民自身に全ての責任がある(笑)最強の立法は国会だから、政治家が狂えば司法も狂う(笑)
司法は立法された法を守るのが仕事です。国民は腐敗政治家を選挙で排除するのが仕事です。司法からすれば「何で腐敗政治家を排除しないんだよ。腐敗政治家を変えれば、欠陥法を改正できるじゃないか。司法は法を守るのが仕事なんだよ。法の善悪なんて判断できないんだよ。国民はいいかげん、ちゃんと仕事しろよ!」という話になる(笑)
仕事をしていないのは国民です(笑)
「司法の敗北」というのは誤りで、「司法が正しく機能しない裁判官を任命した、無能な政治家を選んだ国民の敗北」。というのが正しい解釈(笑)物事は「原因」があって「結果」がある。日本は放送法という「奴隷法」により、社会の仕組みを理解させない環境が整備されている(笑)同じ過ちを何度も何度も繰り返す、無能な環境が無能な政治家によって整備されている・・・。国民はこの現状を理解しなければならない
「司法の敗北」とは、「国民の政治家選択の失敗」を意味する(笑)
この悲劇を正すには、自民党を政権から引きずり落とすだけでいい。最高裁判所の判事の任命は、内閣が行うのだから当然だ(笑)ありえない判決だと思うなら、政治家を叩き落とせばいいだけだ(笑)国民は選挙という自らの権利を行使すれば、司法の正常化が図れる。自民党を選挙で叩き落とせば、司法の正常化が図れる。政治家を変える、只それだけで問題が解決する(笑)目眩がするほど簡単に解決する問題を、複雑なものだと思わせるマスコミにはあきれるしか無い(笑)
「NHK・新聞・テレビ」からの離脱は、もはや必至となっている(笑)目先の出来事しか理解ができず、根本の原因を理解できない。社会の正常化を阻害し、国民の無能化を謀る、正に邪悪な存在です(笑)
社会の基礎情報が何も無い、不正・腐敗の記録が残らない、不正・腐敗を隠蔽する。正に生活破壊の自滅の道具(笑)危機管理の基礎情報が欠落した社会は、国民を奴隷化する中世の暗黒社会(笑)基礎情報が完璧に欠落した「NHK・新聞・テレビ」だけは絶対に避けなければならない
「司法の敗北」とは、社会環境を正常化できない「マスコミの敗北」でもある(笑)マスコミに頼る時代は終わりを告げ、マスコミは国民が育てる時代へと移行している。原因を正せない社会は、猛烈な腐敗国家へと変貌していく。マスコミの正常化は、国民の手によってしか行えない
司法の判断がおかしいと思ったら、政府自民党を選挙で選んではならない。自民党を選べば、司法が狂う。司法の狂いは、選挙でしか正せない
「人心乱れる時、災害が必ず訪れる」。これは「不具合は崩壊を加速する」との科学的な法則です。「国家が盤石であれば、災害の記憶は残らない」との言葉の逆説でもある。「腐敗政治家を選べば、国家は確実に衰退する」との怖い言葉でもある。司法と行政が完全に分離されていない日本だからこそ、この言葉に偽りは無い
「こんな司法に誰がした!」。誰でもない「馬鹿な政治家を選んだ国民」です…
腐敗政治家とは、国を乱す元凶であり、生み出した国民は、それ相応の罰を必ず受ける。選挙の放棄は、自らの運命の放棄でもある。国が乱れて困るのは国民自身。選挙には必ず行きましょう
日本の三権分立は見かけだけで、実際は政治家の意向が存分に反映されている。最高裁判所の判事の任命は、内閣が行う。だから「司法」と「政治」は切り離せない(笑)司法の判断に怒ってみても意味が無い(笑)怒るなら、判事を選んだ政治家を排除するしか道が無い・・・
司法の判断が不服なら、政治家を変えればいいだけだ。アメリカの判事は終身制。死ぬまで変えるなどできない。アメリカ怖い(笑)日本の場合、政治家を変えるだけで、司法の正常化が図れる(笑)政権与党の自民党を政権から引きずり落とすだけで、司法の正常化が図れる(笑)内閣が裁判官を任命するのだから、裁判官を幾ら変えようが意味が無い。政治家を変えれば、司法が簡単に正常化する。日本はそういう国だと理解すべき
「裁判には時間が掛かるから、判決が出る前に、腐敗政治家は排除してね♪」という時間稼ぎが司法の大事な役割(笑)腐敗政治家を排除できない、国民自身に全ての責任がある(笑)最強の立法は国会だから、政治家が狂えば司法も狂う(笑)
司法は立法された法を守るのが仕事です。国民は腐敗政治家を選挙で排除するのが仕事です。司法からすれば「何で腐敗政治家を排除しないんだよ。腐敗政治家を変えれば、欠陥法を改正できるじゃないか。司法は法を守るのが仕事なんだよ。法の善悪なんて判断できないんだよ。国民はいいかげん、ちゃんと仕事しろよ!」という話になる(笑)
仕事をしていないのは国民です(笑)
「司法の敗北」というのは誤りで、「司法が正しく機能しない裁判官を任命した、無能な政治家を選んだ国民の敗北」。というのが正しい解釈(笑)物事は「原因」があって「結果」がある。日本は放送法という「奴隷法」により、社会の仕組みを理解させない環境が整備されている(笑)同じ過ちを何度も何度も繰り返す、無能な環境が無能な政治家によって整備されている・・・。国民はこの現状を理解しなければならない
「司法の敗北」とは、「国民の政治家選択の失敗」を意味する(笑)
この悲劇を正すには、自民党を政権から引きずり落とすだけでいい。最高裁判所の判事の任命は、内閣が行うのだから当然だ(笑)ありえない判決だと思うなら、政治家を叩き落とせばいいだけだ(笑)国民は選挙という自らの権利を行使すれば、司法の正常化が図れる。自民党を選挙で叩き落とせば、司法の正常化が図れる。政治家を変える、只それだけで問題が解決する(笑)目眩がするほど簡単に解決する問題を、複雑なものだと思わせるマスコミにはあきれるしか無い(笑)
「NHK・新聞・テレビ」からの離脱は、もはや必至となっている(笑)目先の出来事しか理解ができず、根本の原因を理解できない。社会の正常化を阻害し、国民の無能化を謀る、正に邪悪な存在です(笑)
社会の基礎情報が何も無い、不正・腐敗の記録が残らない、不正・腐敗を隠蔽する。正に生活破壊の自滅の道具(笑)危機管理の基礎情報が欠落した社会は、国民を奴隷化する中世の暗黒社会(笑)基礎情報が完璧に欠落した「NHK・新聞・テレビ」だけは絶対に避けなければならない
「司法の敗北」とは、社会環境を正常化できない「マスコミの敗北」でもある(笑)マスコミに頼る時代は終わりを告げ、マスコミは国民が育てる時代へと移行している。原因を正せない社会は、猛烈な腐敗国家へと変貌していく。マスコミの正常化は、国民の手によってしか行えない
司法の判断がおかしいと思ったら、政府自民党を選挙で選んではならない。自民党を選べば、司法が狂う。司法の狂いは、選挙でしか正せない
「人心乱れる時、災害が必ず訪れる」。これは「不具合は崩壊を加速する」との科学的な法則です。「国家が盤石であれば、災害の記憶は残らない」との言葉の逆説でもある。「腐敗政治家を選べば、国家は確実に衰退する」との怖い言葉でもある。司法と行政が完全に分離されていない日本だからこそ、この言葉に偽りは無い
「こんな司法に誰がした!」。誰でもない「馬鹿な政治家を選んだ国民」です…
腐敗政治家とは、国を乱す元凶であり、生み出した国民は、それ相応の罰を必ず受ける。選挙の放棄は、自らの運命の放棄でもある。国が乱れて困るのは国民自身。選挙には必ず行きましょう
欠陥法
不具合だらけの欠陥法を、自民党が量産し、社会が混乱するのが日常となっている。ハッキリ言って無茶苦茶です
最近は、ネットでの中傷を、即裁判で排除するための有識者会議を創設。これは只の言論統制にすぎない。これは管理するサイトに、削除する義務を負わせるのが本筋です。そもそも発見したら削除する、ルールを犯したものは入室を禁止する、とのまともな視点が欠けている。しかも、中傷・批判を裁判で抑え込む気が満々の、情報統制ありきの政治政策
そもそもまともな一般人は「SNS」など見やしない(笑)何故なら、役立たずの人の意見しか無いからだ(笑)誹謗中傷なら、サイトの管理者に削除の依頼や発信者の利用停止を申請すればいいだけだ。検索エンジンにひっかからないよう、適切な対策をすればいいだけだ。インターネットでは「見せない・利用停止」などの対策をするのが基本です。裁判で潰すのは、いくらなんでもやりすぎです
インターネットで何の批判もできなくなる、言論の自由を禁止する暴論です
そもそもまともな有識者なら、言論統制に繋がる危険な代物なのは即座に分かる(笑)まともな有識者が集められるのかが、そもそもあやしい(笑)自民党はインターネットを、言論封鎖する気満々です(笑)さらっと法法案を通す未来しか伺えない(笑)
日本の「SNS」は終わりです(笑)何か癪にさわれば、即裁判ざたに発展するのだから、まあ終わりです(笑)書き込みに中傷があったなら、即裁判で金が入るのだから、金もうけの手段として一般化する(笑)日本の「SNS」は管理責任を放棄し、政府の裁判で裁く方針に同意した。アメリカの「SNS」が、大統領のアカウントを制御するのと正反対(笑)日本の「SNS」は危険すぎて、安心して使える代物では無くなった。裁判で言葉を裁く「SNS」など危険すぎて使えない…
批判する者を裁判に訴える者を、自分は基本まったく支持しない。拒絶を根底にするものは、狂気そのものだからだ。狂気は拒絶が発端になる。だから人類は、発端を潰すべく努力してきた。拒絶を正当化する者は、狂気を正当化する者に他ならない
犯罪行為の書き込みなら、裁判沙汰になるのは当たり前。そもそも中傷ではなく、それは単なる犯罪です。犯罪は警察の管轄であって、犯罪と中傷を一緒くたにするのは明らかな暴論です。ネットに犯罪の書き込みをするのは、そもそも頭の悪い犯罪者。警察からすれば、犯人の特定が容易にできる、頭の悪い犯罪者。犯罪と中傷は、まったくの別物です
この法案は犯罪すべてに適応すべき代物で、インターネット全般に適用すべきものじゃない。犯罪全てに適用しないのだから、犯罪には必要無いと言っているのと同じです。犯罪全てに適用すると、あらゆる不正行為の抑止になる。やらないということは、不正行為を見逃すものに他ならない
中傷を裁判沙汰にする人は、怖い人、危険人物として自動的に回避する(笑)「私は間違ってなどいない。だから斬る!」。許そうものなら、世間に辻斬りが蔓延する…
犯罪行為ならまだしも、人の発言を犯罪とみなす行為は、あまりに稚拙としか言いようが無い。中傷なら、晒し者にして排除するぐらいが丁度よい…。そもそも書き込みを管理できない欠陥サイトなのか…それともサイトの管理ができない初心者なのか…さっさと削除すればいいものを…としか言いようが無い(笑)
批判・中傷は裁判で抑止する。民主主義国家で、インターネットの発言に、法的責任を負わせる国など存在しない
独裁国家ぐらいしかやらない、論議自体が危険な行為。こんな危険な代物を、論議する有識者とは何者なのか。法案が通ろうものなら、止められなかった有識者として、歴史に名を残すのは間違いない(笑)
「言論の自由」を破壊する、自民党による言論封鎖。自民党がいかに危険な政党なのかが良く分かる。自民党の討伐は必至です
国民のための法などでは決してない。自民党は、最初は国民のためと言っておきながら、勝手に路線を切り替える極悪政党。道を誤るのは、ほんの些細なことがきっかけです。だから、基本原則が捻じ曲げられると全てが狂う
日本のマスコミが、まともに報道しないのだから、マスコミによる情報統制の始まりです(笑)マスコミが国民の上に鎮座する、言論は裁判で裁かれる暗黒時代の到来です(笑)マスコミの利権化が加速し、マスコミの信頼性がゼロになる。これはマスコミの終わりの始まりです…
言論操作を謀る「NHK・新聞・テレビ」という、既存メディアの切り捨ては必至です。インターネットの言論封鎖は、放送法の恩恵にあずかる「NHK・新聞・テレビ」のための政治政策。裁判で言論を潰す、放送法に従順するマスコミの仮面を被った利権団体。社会正義など欠片もない。テレビの盟主たるNHKなんかは、国民を訴えるのにまったく躊躇がない極潰し。言論の自由は自分達しかないと言い切る災厄です(笑)
海外のマスコミや、独立系の情報サイト・社会正義を貫くサイトを選んでいく、マスコミの選別化が加速する。マスコミは信頼性で選ぶのが、情報化社会の王道です
自民党は、曲げてはならないものに、突破口を無理やり開らき、グダクダにして破壊する極悪政党。言う事を鵜呑みにすると、地獄へとまっしぐら。日本の「言論の自由」は「侮辱罪」によって終わっている
少なくとも、日本のサイトでまともな批判はできない(笑)ホームページが、続々と海外へと流出する(笑)
最近は、ネットでの中傷を、即裁判で排除するための有識者会議を創設。これは只の言論統制にすぎない。これは管理するサイトに、削除する義務を負わせるのが本筋です。そもそも発見したら削除する、ルールを犯したものは入室を禁止する、とのまともな視点が欠けている。しかも、中傷・批判を裁判で抑え込む気が満々の、情報統制ありきの政治政策
そもそもまともな一般人は「SNS」など見やしない(笑)何故なら、役立たずの人の意見しか無いからだ(笑)誹謗中傷なら、サイトの管理者に削除の依頼や発信者の利用停止を申請すればいいだけだ。検索エンジンにひっかからないよう、適切な対策をすればいいだけだ。インターネットでは「見せない・利用停止」などの対策をするのが基本です。裁判で潰すのは、いくらなんでもやりすぎです
インターネットで何の批判もできなくなる、言論の自由を禁止する暴論です
そもそもまともな有識者なら、言論統制に繋がる危険な代物なのは即座に分かる(笑)まともな有識者が集められるのかが、そもそもあやしい(笑)自民党はインターネットを、言論封鎖する気満々です(笑)さらっと法法案を通す未来しか伺えない(笑)
日本の「SNS」は終わりです(笑)何か癪にさわれば、即裁判ざたに発展するのだから、まあ終わりです(笑)書き込みに中傷があったなら、即裁判で金が入るのだから、金もうけの手段として一般化する(笑)日本の「SNS」は管理責任を放棄し、政府の裁判で裁く方針に同意した。アメリカの「SNS」が、大統領のアカウントを制御するのと正反対(笑)日本の「SNS」は危険すぎて、安心して使える代物では無くなった。裁判で言葉を裁く「SNS」など危険すぎて使えない…
批判する者を裁判に訴える者を、自分は基本まったく支持しない。拒絶を根底にするものは、狂気そのものだからだ。狂気は拒絶が発端になる。だから人類は、発端を潰すべく努力してきた。拒絶を正当化する者は、狂気を正当化する者に他ならない
犯罪行為の書き込みなら、裁判沙汰になるのは当たり前。そもそも中傷ではなく、それは単なる犯罪です。犯罪は警察の管轄であって、犯罪と中傷を一緒くたにするのは明らかな暴論です。ネットに犯罪の書き込みをするのは、そもそも頭の悪い犯罪者。警察からすれば、犯人の特定が容易にできる、頭の悪い犯罪者。犯罪と中傷は、まったくの別物です
この法案は犯罪すべてに適応すべき代物で、インターネット全般に適用すべきものじゃない。犯罪全てに適用しないのだから、犯罪には必要無いと言っているのと同じです。犯罪全てに適用すると、あらゆる不正行為の抑止になる。やらないということは、不正行為を見逃すものに他ならない
中傷を裁判沙汰にする人は、怖い人、危険人物として自動的に回避する(笑)「私は間違ってなどいない。だから斬る!」。許そうものなら、世間に辻斬りが蔓延する…
犯罪行為ならまだしも、人の発言を犯罪とみなす行為は、あまりに稚拙としか言いようが無い。中傷なら、晒し者にして排除するぐらいが丁度よい…。そもそも書き込みを管理できない欠陥サイトなのか…それともサイトの管理ができない初心者なのか…さっさと削除すればいいものを…としか言いようが無い(笑)
批判・中傷は裁判で抑止する。民主主義国家で、インターネットの発言に、法的責任を負わせる国など存在しない
独裁国家ぐらいしかやらない、論議自体が危険な行為。こんな危険な代物を、論議する有識者とは何者なのか。法案が通ろうものなら、止められなかった有識者として、歴史に名を残すのは間違いない(笑)
「言論の自由」を破壊する、自民党による言論封鎖。自民党がいかに危険な政党なのかが良く分かる。自民党の討伐は必至です
国民のための法などでは決してない。自民党は、最初は国民のためと言っておきながら、勝手に路線を切り替える極悪政党。道を誤るのは、ほんの些細なことがきっかけです。だから、基本原則が捻じ曲げられると全てが狂う
日本のマスコミが、まともに報道しないのだから、マスコミによる情報統制の始まりです(笑)マスコミが国民の上に鎮座する、言論は裁判で裁かれる暗黒時代の到来です(笑)マスコミの利権化が加速し、マスコミの信頼性がゼロになる。これはマスコミの終わりの始まりです…
言論操作を謀る「NHK・新聞・テレビ」という、既存メディアの切り捨ては必至です。インターネットの言論封鎖は、放送法の恩恵にあずかる「NHK・新聞・テレビ」のための政治政策。裁判で言論を潰す、放送法に従順するマスコミの仮面を被った利権団体。社会正義など欠片もない。テレビの盟主たるNHKなんかは、国民を訴えるのにまったく躊躇がない極潰し。言論の自由は自分達しかないと言い切る災厄です(笑)
海外のマスコミや、独立系の情報サイト・社会正義を貫くサイトを選んでいく、マスコミの選別化が加速する。マスコミは信頼性で選ぶのが、情報化社会の王道です
自民党は、曲げてはならないものに、突破口を無理やり開らき、グダクダにして破壊する極悪政党。言う事を鵜呑みにすると、地獄へとまっしぐら。日本の「言論の自由」は「侮辱罪」によって終わっている
少なくとも、日本のサイトでまともな批判はできない(笑)ホームページが、続々と海外へと流出する(笑)
Back Ground: 独裁国家の作り方
私怨
個人的な恨みを私怨と呼ぶ。この私怨、日本の歴史を繙くと、激動の「時」に必ず起きる
古くは、乙巳の変。中大兄皇子や中臣鎌足らが、政敵の蘇我入鹿を殺害。大化の改新の発端である。幕末に頻発した暗殺は、武力が正当化された時代の「狂気」と言ってよいだろう
ものを言わせぬ暗殺は、時代を変える道具として、安易に使われてきた歴史がある。これは正義などではなく、 思い通りにならないことに対する「私怨」と言える
私怨には、己の思いを実現するために邪魔者を排除する、という私利私欲に根差したものと、不遇な環境に貶めた元凶を恨むという、相手の非道に対するものがある
後者の場合、復讐、又は仇討が延々と繰り返される。人は怨嗟の軛から逃れられないものらしい。様々な物語で語られるのは、復讐など意味が無い。その悪行を知らしめるだけでいい。それで人は勝手に裁かれる。何故なら、情報の公開ほど冷徹なものはないからだ。だから人は、情報の公開を恐れる。よって悪人は、己の悪行を狡猾に隠蔽する
もの言えぬ人の私怨が悲劇を生む。このような悲劇を無くすには、情報の公開が有用だ。いったい何が行われたのか。いったい何が起こったのか。その事実が公開されたなら、私怨は正しく「昇華」できる。「昇華」できない人の恨みは、いつか必ず爆発する。それは歴史が証明する
時代は進化し「Internet(インターネット)」と呼ばれる「情報公開」の道具がある。日本では公共の道具として使われない「陰多亜根津止」と化している(笑)「昇華」できない人の恨みは貯まりに貯まり、改善できない社会は、いつか必ず崩壊する
最近起きた、元総理大臣の暗殺事件。後世ではどのように評価するのだろう
まず事件の発端は「政治家と悪徳宗教」との癒着にある。元総理大臣が悪徳宗教と繋がって、悪徳宗教が世に蔓延る。そして、この悪徳宗教にのめり込んだ家庭が崩壊する。宗教にのめりこんだ母親が、宗教団体に全財産を寄付してしまう。結果家庭は崩壊する。兄は自殺し、家庭は貧困し、宗教団体への恨みと憎しみだけが募る
これが、元総理大臣の暗殺へと繋がっていく。昇華されない人の恨みが、この事件の発端だ。最早、どちらが狂気なのかは明白だ。この元総理大臣、国民生活の向上をうたって、国債という借金を乱発し、以前の2.5倍もの借金を増やした挙句に、無意味なバラマキ政策によって発展どころか国民の実質賃金は低下した。これを詐欺と言わずして何といおうか
日本を借金漬けにして、国民を派遣労働という名の奴隷にし、国民を貧民へと変えた張本人。今や日本は、後進国へと転落した。これが、元総理大臣の功績だ
この功績をもって、自民党は粛々と「国葬」を執り行う
さて、後世の人々は、いったい如何なる評価を下すのか。情報の公開をまったくせず、後進国と成り果てた劣化日本の終着点。それが自分の評価になる。地獄へと邁進しているのに、まったくそれに気づかない。戦争に突き進んだ、戦前の日本とまったく同じ…
自ら情報を求めず、都合のいい夢の中に閉じこもる。安楽という名の地獄に嵌る愚か者。人はどんなに情報があろうとも、それを理解しなければ、愚か者へと転落する。情報は自分で選び、自分自身で判断する。人としてあるための基本です
「私怨」の意味を調べていたら、「周任言へる」との言葉があった。調べると、春秋左氏伝のようだ
周任言へることあり。曰く、『國家を爲むる者は、惡を見ること、農夫の務めて草を去るが如くして、艾り夷げて、之を蘊み崇め、其の本根を絶ち、能く殖えしむること勿くんば則ち善なる者信びん』と。』
日本はこの言葉の逆を行く。世の中に私怨が蔓延する
又、「政を爲すは、私勞を賞せず、私怨を罰せず」との言葉もあった。漢文は理解しているとの前提で、要点をすっとばすから意味不明。調べると、西日本新聞の記事が出た
中国・春秋時代の斉の国で、宰相が私怨(しえん)で王を殺した。歴史記録官がその事実を公文書に記し、激怒した宰相に殺された。後を継いだ記録官の弟も同じことを書き殺害された。3番目の弟も兄たちに続き、権力者におもねらず記述したため、宰相はついにあきらめた
事実はしっかりと記録すべし、との戒めだ。日本は「テレビが公共の国」という、情報の公開ができない後進国へと転落した。中国の故事は、今や単なる戯言だ
日本は不正や虐待に対しての「仇討」を奨励してきた歴史がある(笑)古くは新選組や赤穂浪士、水戸の黄門様に暴れん坊将軍、晴らせぬ恨みを請け負う「必殺」などで、悪人の討伐を娯楽として楽しんでいる。この論理でいくと、悪人は紛れもなく「自民党」。「自民党」の討伐こそが正義になる。しかし法整備が整った現代で、「仇討」など認められる道理が無い。現代社会で「仇討」は成立しない
「悪」は法によって裁かなければならない。それは「国家の法」か、情報の公開により「世間の法」で裁く、今や2つの手段がある。今や「私怨」は、「世間の法」によっても裁かれる時代に入っている。犯人は「殺害」という許されざる手段を選択した。これが紛れも無い現実だ
日本の首相暗殺は「テロ」なのか、時代錯誤の「仇討」なのか…
客観的に見るならば、個人的な私怨に基く殺人事件。元凶は「悪徳宗教」を世に認めた「自民党」。これが紛れも無い現実だ
「情報」とはいったい何んなんだろう。「起こった事実を記録する」。それが歴史の役目になる。記録とは文字データ。物事を正確な言葉に変換して記録する。この変換が曲者で、正しく変換しない事態が蔓延する。情報の公開が安易な時代なのだから、自分で判断する必要に迫られる
情報を読む。これは、言葉を読むことに他ならない。言葉を読むには、言葉の意味をしっかりと理解することが必至になる。分からなければ調べる、との当たり前の行動が必要だ
インターネットは、一つの言葉から、膨大な情報を検索する。言葉の意味を、正確に把握することが可能になる。膨大な情報を記録するデータベースは、人の理解を手助けする。人はそれが「判断できるデータ」なのか、「判断できない人の意見」なのか、しっかりと見極めなければならない
「一を聞いて十を知る」との言葉があるが、インターネットでは「一を聞いて無限を知る」ことが可能になる。分からない文字を選択し、右クリックで検索していけば、物事を深く…その根底まで理解することが可能になる
知る、とは理解すること。理解する、とは関連する全てを纏めること。時代は膨大な情報を扱う情報社会へと移行した。人は膨大な情報との付き合い方を学ばなければならない
古くは、乙巳の変。中大兄皇子や中臣鎌足らが、政敵の蘇我入鹿を殺害。大化の改新の発端である。幕末に頻発した暗殺は、武力が正当化された時代の「狂気」と言ってよいだろう
ものを言わせぬ暗殺は、時代を変える道具として、安易に使われてきた歴史がある。これは正義などではなく、 思い通りにならないことに対する「私怨」と言える
私怨には、己の思いを実現するために邪魔者を排除する、という私利私欲に根差したものと、不遇な環境に貶めた元凶を恨むという、相手の非道に対するものがある
後者の場合、復讐、又は仇討が延々と繰り返される。人は怨嗟の軛から逃れられないものらしい。様々な物語で語られるのは、復讐など意味が無い。その悪行を知らしめるだけでいい。それで人は勝手に裁かれる。何故なら、情報の公開ほど冷徹なものはないからだ。だから人は、情報の公開を恐れる。よって悪人は、己の悪行を狡猾に隠蔽する
もの言えぬ人の私怨が悲劇を生む。このような悲劇を無くすには、情報の公開が有用だ。いったい何が行われたのか。いったい何が起こったのか。その事実が公開されたなら、私怨は正しく「昇華」できる。「昇華」できない人の恨みは、いつか必ず爆発する。それは歴史が証明する
時代は進化し「Internet(インターネット)」と呼ばれる「情報公開」の道具がある。日本では公共の道具として使われない「陰多亜根津止」と化している(笑)「昇華」できない人の恨みは貯まりに貯まり、改善できない社会は、いつか必ず崩壊する
最近起きた、元総理大臣の暗殺事件。後世ではどのように評価するのだろう
まず事件の発端は「政治家と悪徳宗教」との癒着にある。元総理大臣が悪徳宗教と繋がって、悪徳宗教が世に蔓延る。そして、この悪徳宗教にのめり込んだ家庭が崩壊する。宗教にのめりこんだ母親が、宗教団体に全財産を寄付してしまう。結果家庭は崩壊する。兄は自殺し、家庭は貧困し、宗教団体への恨みと憎しみだけが募る
これが、元総理大臣の暗殺へと繋がっていく。昇華されない人の恨みが、この事件の発端だ。最早、どちらが狂気なのかは明白だ。この元総理大臣、国民生活の向上をうたって、国債という借金を乱発し、以前の2.5倍もの借金を増やした挙句に、無意味なバラマキ政策によって発展どころか国民の実質賃金は低下した。これを詐欺と言わずして何といおうか
日本を借金漬けにして、国民を派遣労働という名の奴隷にし、国民を貧民へと変えた張本人。今や日本は、後進国へと転落した。これが、元総理大臣の功績だ
この功績をもって、自民党は粛々と「国葬」を執り行う
さて、後世の人々は、いったい如何なる評価を下すのか。情報の公開をまったくせず、後進国と成り果てた劣化日本の終着点。それが自分の評価になる。地獄へと邁進しているのに、まったくそれに気づかない。戦争に突き進んだ、戦前の日本とまったく同じ…
自ら情報を求めず、都合のいい夢の中に閉じこもる。安楽という名の地獄に嵌る愚か者。人はどんなに情報があろうとも、それを理解しなければ、愚か者へと転落する。情報は自分で選び、自分自身で判断する。人としてあるための基本です
「私怨」の意味を調べていたら、「周任言へる」との言葉があった。調べると、春秋左氏伝のようだ
周任言へることあり。曰く、『國家を爲むる者は、惡を見ること、農夫の務めて草を去るが如くして、艾り夷げて、之を蘊み崇め、其の本根を絶ち、能く殖えしむること勿くんば則ち善なる者信びん』と。』
日本はこの言葉の逆を行く。世の中に私怨が蔓延する
又、「政を爲すは、私勞を賞せず、私怨を罰せず」との言葉もあった。漢文は理解しているとの前提で、要点をすっとばすから意味不明。調べると、西日本新聞の記事が出た
中国・春秋時代の斉の国で、宰相が私怨(しえん)で王を殺した。歴史記録官がその事実を公文書に記し、激怒した宰相に殺された。後を継いだ記録官の弟も同じことを書き殺害された。3番目の弟も兄たちに続き、権力者におもねらず記述したため、宰相はついにあきらめた
事実はしっかりと記録すべし、との戒めだ。日本は「テレビが公共の国」という、情報の公開ができない後進国へと転落した。中国の故事は、今や単なる戯言だ
日本は不正や虐待に対しての「仇討」を奨励してきた歴史がある(笑)古くは新選組や赤穂浪士、水戸の黄門様に暴れん坊将軍、晴らせぬ恨みを請け負う「必殺」などで、悪人の討伐を娯楽として楽しんでいる。この論理でいくと、悪人は紛れもなく「自民党」。「自民党」の討伐こそが正義になる。しかし法整備が整った現代で、「仇討」など認められる道理が無い。現代社会で「仇討」は成立しない
「悪」は法によって裁かなければならない。それは「国家の法」か、情報の公開により「世間の法」で裁く、今や2つの手段がある。今や「私怨」は、「世間の法」によっても裁かれる時代に入っている。犯人は「殺害」という許されざる手段を選択した。これが紛れも無い現実だ
日本の首相暗殺は「テロ」なのか、時代錯誤の「仇討」なのか…
客観的に見るならば、個人的な私怨に基く殺人事件。元凶は「悪徳宗教」を世に認めた「自民党」。これが紛れも無い現実だ
「情報」とはいったい何んなんだろう。「起こった事実を記録する」。それが歴史の役目になる。記録とは文字データ。物事を正確な言葉に変換して記録する。この変換が曲者で、正しく変換しない事態が蔓延する。情報の公開が安易な時代なのだから、自分で判断する必要に迫られる
Back Ground Music: ダンタリアンの書架
情報を読む。これは、言葉を読むことに他ならない。言葉を読むには、言葉の意味をしっかりと理解することが必至になる。分からなければ調べる、との当たり前の行動が必要だ
インターネットは、一つの言葉から、膨大な情報を検索する。言葉の意味を、正確に把握することが可能になる。膨大な情報を記録するデータベースは、人の理解を手助けする。人はそれが「判断できるデータ」なのか、「判断できない人の意見」なのか、しっかりと見極めなければならない
「一を聞いて十を知る」との言葉があるが、インターネットでは「一を聞いて無限を知る」ことが可能になる。分からない文字を選択し、右クリックで検索していけば、物事を深く…その根底まで理解することが可能になる
知る、とは理解すること。理解する、とは関連する全てを纏めること。時代は膨大な情報を扱う情報社会へと移行した。人は膨大な情報との付き合い方を学ばなければならない
誰が為に
「誰が為に」との言葉は、ヘミングウェイの小説「誰が為に鐘は鳴る」との題名や、「サイボーグ009」の主題歌にもなっている。「いったい誰の為」との言葉は、人の行動の基点であり、根本的な目的と言っていいだろう。行動の指針として、常に提起すべきものと言えるだろう
試しに先の「自民党と悪徳宗教とのズブスブな歴史的関係」を、「誰が為に」行うものか考察してみる。「自民党」は「悪徳宗教の為」に行動する。「悪徳宗教が正しい」との前提で行動してる
「自民党」は「悪徳宗教」の「日本国民は罪を背負った人種であり、罪を贖うために莫大な金の上納が必要だ」との狂った宗教観を否定しない。否定しないのは、肯定したのと同じだ。「人を奴隷のように扱う者」を否定しない、悪魔に魂を売り渡した政治家など、百害あって一利なし。問答無用で唾棄すべき代物だ
「統一教会 教義」で検索すれば、その邪悪な実態が瞬時に分かる。「知らなかった」など通用しない
「自民党」はこの「邪悪な宗教観」を「選挙の票の為」だけに応援する。この問題点は、「邪悪な宗教観」をまったく悪いと思わない「邪悪な思考」そのものだ。人を破滅させる「邪悪な宗教観」を素直に受け入れる、おぞましい「邪悪な思考」が問われている。自民党はこの「邪悪な宗教観」を、悪いなどとはこれっぽっちも思っていない
「自民党」は「邪悪な宗教観を認める」邪悪な政党だということだ。一言で言い表すと、国民を単なる奴隷としか認識しない「嘘を平気でつく邪悪な思考」の持ち主
こんな邪悪な代物を「知らなかった」ですまされる訳がなく、「邪悪な宗教団体を認める」などという国民にとって決して許されざる行為を、許せるはずが無いだろう。金を貰わなかったとか、関係を持っていない、など関係ない
「邪悪な宗教団体」を「政治家が認めた」ことが最大の問題だ。「危険思想」に取りつかれた「悪徳宗教」と同質と言わざるをえない。「悪」を取り締まる「国家公安委員長」が、「悪徳宗教」と繋がって、「悪徳宗教」を検挙しなくなったのだから、「自民党」が如何に邪悪なものかが窺える
「悪徳宗教団体」の姑息な「改名」を、文部省は許可など決してしなかった。「改名」は、新たな被害者を生むからだ。この「悪徳宗教団体の改名事件」を時系列に追ってみると、5ケ月前に全国霊感商法対策弁護士連絡会は、「下村博文科学大臣」「文化庁長官」「文化庁宗務課」に対して、統一教会の名称を変更しないように、「悪徳宗教団体」の実情を記した詳細な説明資料を渡している。知らなかったと、白を切れる道理がない。まあ、渡されたものを無視していたのなら…そもそも政治家としての資質が無い
つまりは「自民党の元文部大臣」は「悪徳宗教の卑劣な実態を把握していた」ということだ
それなのに「悪徳宗教の実態を知らなかった」と白を切る。「自民党の元文部大臣」は「嘘つき」だと断定できる。「自民党」は息をするように嘘を吐く。「自民党」の言葉は、単なる詐欺師の戯言だ
「自民党」は今なお「悪徳宗教」の宗教観を、文部省を使って法的に認めたままだ。変えようとする気などまったく無い。これが「自民党」の正体だ。認めないなら、反社会的団体として解散命令を下している。解散させないのだから、「自民党」はいまだに「悪徳宗教」と繋がったままと判断できる。「悪徳宗教団体」から裏献金を貰ったり、何らかの利益供与があったからこそ、解散命令を下せない、と判断できる。これが「自民党」の偽らざる実態だ
「悪徳宗教」に対して何の対策も取らない「自民党」は、自らの行為を国民に対して悪いなどとは毛ほども思っていない。これが「自民党」の紛れも無い体質だ。「情報の公開」をしないのは当たり前。「テレビを公共」にするのも当たり前。「ギャンブルを推奨」するのも当たり前。「悪政」で国民が苦しむのも当たり前だ
「思考」が邪悪な者は「行動」もまた邪悪なもの。この現実をしっかりと理解すべき
これに対し「NHK・新聞・テレビ」は、「自民党」は被害者であって加害者では無い、との論拠で「自民党」を援護する。論点をずらして、責任を回避するのが彼らの仕事。「悪徳宗教」に対して何の対策も取らない「自民党」を追及しない「NHK・新聞・テレビ」。「NHK・新聞・テレビ」も又、「悪徳宗教」を認めている。そもそも「悪徳宗教」をどうすればいいのか、との視点が欠けている。彼らの言葉は「意見」であって、理解するための情報では無いということが良く分かる
「誰がために」との言葉は、常に政治の基点になる。この基点が狂うと、正に政治が狂ってしまう
「生活する国民の為」「生活を安定させる為」「平穏な暮らしの為」などなど、「人の為」との基点が狂うと、政治そのものが狂ってしまう
今空前絶後の国家崩壊をしている「レバノン」の現状を見てみよう。レバノン政府は、少数民族の集合体なので、各宗教に根差した民族ごとに議員が割り振られる。つまりレバノンの国会では、「民族のため」「宗教のため」の政策を議論する。各々の民族が足を引っ張り合うため、レバノンの国会では何一つ決まらない。よって、空前節後の国家崩壊が起こってしまう
「国民の為」では無い政治は、必然的に崩壊する
政治には「国民の為」が常に基点にならねばならない。これは政治の基本になる。リンカーンの「人民の、人民による、人民のための政治」との名言は、正に政治の基本と言えるだろう
このリンカーンは他にも多くの名言を残している。「自分で決心した分だけ、幸せになれる」。これは政治家らしい言葉であり、決心したなら、徹底的な対策によって根本的な解決ができる。この言葉は、「自分で決心しなければ、幸せになれない」との意味でもある
この言葉を「自民党」に当てはめると、「悪徳宗教の活動を停止させる対策」を執らない「自民党」は、「悪徳宗教」と決別などしていない。「悪徳宗教」を野放しにする「自民党」。「自民党」の思考は「悪徳宗教」と同質だということだ
「自民党」は「選挙で当選するため」に、「悪徳宗教に国民を売る決心」をしたということだ。あ~、どんだけ悪党なのかが良く分かる…。普通なら、このような邪悪な「悪徳宗教」は嫌悪するのが当たり前。そもそも思考そのものが邪悪だから、平然と「悪徳宗教」を受け入れる。「自民党」が国民を奴隷ぐらいにしか思っていないのが良く分かる
「自民党」が恐ろしいのは、彼らは「洗脳」など受けていない、との事実にある。「信者」は確かに「洗脳行為」を受けてはいるが、政治家は洗脳行為など受けてはいない。政治家は「悪徳宗教」を自らの利益のために「活用」することを決断した。「悪徳宗教」の実態を知った上で、国民を見捨て、邪悪な布教活動を許可していた
「自民党」は素面で「国民を見捨てる」ことを決心した。「悪徳宗教」の解散などするわけない
リンカーンの言葉は、政治家としての資質をしっかり暴く。政治は「国民の為の決心」が必須になる。国民は厳しい眼で、政治を見なければならない
「悪徳宗教」は信者から莫大な金を毟り取る。そもそもこの「宗教団体」は「教義」そのものが邪悪すぎる。「日本国民」を「原罪」扱いして、金を絞りつくそうとするのだから、被害者は無一文になって打ち捨てられる。これは「宗教」の名を騙った洗脳行為。「宗教」であれば洗脳が許される、など許される筈がない。如何なる団体であろうが、人の生活を破壊するような非道な行為をするものは、問答無用で解散させる。例えそれが「宗教団体」であろうとも、他の団体と同様に扱えばいいだけだ。「宗教団体」を隠れ蓑にする非道な行為を、許していい筈がないだろう。「宗教団体」に限定するから問題になる。全ての団体に適用すればいいだけだ
「信教の自由が~」と喚く輩は、アフガニスタンやイランにぶち込めばいい。「信教の自由」が如何なるものか、身をもって知るだろう
「自民党」は「国民の為」に、「悪徳宗教」を取り締まろうとは、これっぽっちも思っていない。これが許されると思っているのだから、「自民党」と「悪徳宗教」は同一と思って間違いない。正に同じ穴の狢ということだ。「自民党」にとって「国民」は、使い潰しの奴隷にすぎない
それにしても、これを国民が黙って許すと思っているのだから、どんだけ国民が馬鹿にされているかが良く分かる。まあ、人の意見を聞いて、「すごいですね~、いいですね~」なんて簡単に同調する輩が多いのだから、そう思われても当然だ(笑)「人の意見で判断するな」。これは情報社会の鉄則だ。こんな馬鹿な話を許すとか、ありえない。人の意見に惑わされない、確固とした信念が必要だ
「悪徳宗教」とただならぬ関係を持った「自民党」の「国家公安委員長」。被害があっても検挙せず、「悪徳宗教」を野放しにしてきた「自民党」の「国家公安委員長」。「国家公安委員長」が野放しにした「悪徳宗教」によって、数多くの被害者が生み出され、元凶というべき「元総理大臣」が殺害された。最早、自業自得としか言いようが無い。国民は「元総理大臣の国葬」を、いったいどのように見るのだろうか…
「選挙の票欲しさに、国民を悪徳宗教に売り飛ばした自民党」。これが紛れも無い現実だ…
「悪徳宗教」に騙されて、身ぐるみを剥がされる被害者たち。「政府・自民党」は見て見ぬふりを貫き通す。この事実が公開されてもなお、ふんぞり返る「自民党」の議員たち。非人道的との言葉があるが、まさか日本の政治家が、このような非道に加担して、平然と居直るとは恐れ入る。日本はこのような政治家の非道が許される社会システムが、いつのまにか構築されていたのだろう。日本は本当に「21世紀」を迎えているのか、疑問しか浮かばない
日本の政府・政治家は、「悪徳宗教」を取り締まろうとは一切しない。「悪徳宗教」を取り締まり、国民への被害を止めようとは一切しない。日本の政府・政治家がまともに機能していない、ということが良く分かる
あっ…そういや日本の情報事情は、「自民党」が定めた邪法(放送法)によって「情報の公開が不可能」な20世紀で止まっている。「自民党」がふんぞりかえるのは当然か。日本はテレビが公共だから、犯人の凶行は明治の首相暗殺と同等ということか。犯人は生まれる時代を間違えた…そうゆうことか
日本が「21世紀」なら、そもそもこの事件は起こらなかったと言えるだろう…
「自民党」のいい加減な政治が、日本全体をいい加減な国へと変えていく。問題が解決できない、問題が見えてこない、問題が次から次へと増えていく。それが、いい加減な政党を選んだ、国民が受け入れなければならない現実だ
無能なコロナ政策によってコロナに感染し、後遺症に苦しむのも、災難・災害に遭って再建できないのも、全部「自民党」を選んだ国民の責任だ(笑)何故なら、自民党の思考回路は「悪徳宗教」と同じだからだ…。御頭(おつむ)の中は「悪徳宗教」とまったく同じ。国民は単なる奴隷にすぎない。ご愁傷様、としか言いようが無い
「息をするように嘘を吐く」「勝手な意見で決まる、偽りの霊感政策」。御頭が悍ましいのだから、政策も又悍ましい。国民の受難計りがたし
「自民党」の首相は「悪徳宗教と政治家の関わりは問題ない」と放置を決定。同時に「悪徳宗教」も完全放置。これにより「自民党」は「悪徳宗教」の関係者だとみなされる。みなされても問題ないと放言してるから、「自民党」は「悪徳宗教」と認定しても何の問題もない
まあ案の定「自民党」が「悪徳宗教」に取り込まれた被害者との情報操作が進んでいる(笑)しかし「自民党」が「悪徳宗教」を利用して、選挙に当選しようとした、これが紛れも無い現実だ。つまり「自民党」は、国民生活を破壊する「悪徳宗教」の布教を許し、選挙に当選することを選んだだけだ
「自民党」と「悪徳宗教」の「自分の利益」しか考えない、利己的な思考回路はまったく同じ。悪党を利用した「自民党」は、「悪徳宗教」以上の悪党だということだ
だから「知らなかった」と白を切り、「関係を持たない」と切り捨てる。「知っていた」なんて言おうものなら、即政治家失格の烙印が押されてしまう。だから「知っていても、知らなかった」と白を切る。しかしその現実は、国民生活の破壊を許し、悪党を狡猾に活用しただけ。自分が行った行為を、無かった事にする、正に詐欺師の発言だ。調べれば即座に分かる情報社会で、知らなかったは通用しない。調べないで活用するなどありえない…
時代劇なら「おめえさん、悪党を利用して甘い汁を吸っていただけだろうが。被害者ぶるんじゃね~」で終わりになる(笑)
「自民党」は「悪徳宗教」。正にその通りだから、何の問題も無い
国民はしっかりとした「自己管理」が求められる。世の中は20世紀で止まっているが、自分は21世紀に生きるとしよう
「情報の非公開」を貫く「自民党」。これがどれほど異常なことなのか、しっかりと理解すべきだろう。国民は「知るべきこと」が何一つ得られない
最近「Youtube」で様々な問題の公開がされている。その中で「ネオニコチノイド系の農薬」の危険性を指摘する検証動画があった。「ネオニコチノイド系の農薬」の使用開始と同時に、魚や昆虫がいなくなった。この農薬の危険性を、専門家が様々な角度で警鐘を鳴らしていた
この農薬は「人間」にも悪影響を及ぼすとの実験結果もあった。この専門家の論文を元にして、欧州では実質的に禁止措置がとられている。疑わしきは使用しないとの原則に則って、しっかりとした対策が取られている
それに対し日本では、この農薬の試験はしっかりと行われていて、人に対しての影響は無い、とのメーカーの言い分を行政が丸呑み。日本は、この危険な農薬を野放しで利用する。ネオニコチノイド系の農薬は蓄積性があり、人や動物の神経系に悪影響を及ぼすとの論文も提出されている
日本人に対して、神経系の異常をもたらす農薬が、野放図に使われている現状は、異常としか言いようが無い。政府とメーカーとの癒着が疑われる。「自民党」は、金になるならどんな非道でも受け入れる悪徳政治団体。この異常もまた、自民党の政策として当然だ。このような杜撰な政策が当たり前の自民党に、憲法改正など自殺行為。馬鹿な政治家も大概だが、それを選ぶ国民は、それ以上の愚か者と言えるだろう
近年の日本人の異常な行動は、この農薬の影響かも知れない。欧州の対応と、日本の対応が異なるのは、政治家の質の違いにある。まともな政治家を選べない日本人。異常な社会は、まともでないものが蔓延る社会、正しいことができない社会。異常を正せないから異常と呼ばれる
みつばちの帰巣本能を破壊するネオニコチノイド系の危険な農薬。マウスの実験では、恐怖の感覚が増幅され、まともな行動ができなくなる。まるで奴隷のような行動の抑制だ。自民党がこの農薬の機能を知っていたなら、国民の奴隷化の手法として活用しているのかも知れない(笑)金のためなら、国民の壮大な自滅です。自民党を選んだ時点で、破滅なんだろうが…
賢明な日本の学者によって欧州は救われ、日本は愚鈍な政治によって滅びの道をひた走る…
異常な社会は「情報の非公開」と「政治家の質の悪さ」にある。まともな政治家を選べない、まともな政治家が出馬できない。これが日本の偽らざる現状だ。政府・政治家は出鱈目な行政・政治を行っても、嘘・偽りを発言しても裁かれない。この現状がそのまま現実社会に反映される。日本の狂いは全ての生活の基本となる「政治・立法」を悪用する、政府・政治家の狂いが元凶だ。自民党の討伐は必至です
改善されない社会を肯定する「NHK・新聞・テレビ」からの離脱は必至になる。「不正・腐敗・欠陥」を改善しない、誤りが正されない。これらは全て、改善されないことを肯定する「NHK・新聞・テレビ」が元凶だ。「NHK・テレビ・新聞」という、マスコミに擬態した放送法に護られた利権団体との決別は必至です
日本は「原因・元凶」を究明しない。究明しないから改善できない。改善しようとしないから、社会の腐敗が進んでいく。まともでない社会は、住む人々の精神をを蝕んでいく。狂った社会の歯車は、作り変えなければ正常には戻らない
因果律は物事の基本です。因を正しく究明しないマスコミに意味は無い。因を正さなければ、政治の狂いは正せない。人は因を見抜く慧眼を身につけなければならない。そのためには、現状を適切に把握できる膨大な情報が必須になる
判断できる情報を全て揃えなければ、まともな判断など不可能だ。関連する全ての情報を揃えなければ、まともな判断など下せない。判断の前に、状況の把握を適切に行わなければならない。状況の適切な把握が前提になる、それが膨大な情報を基本にする情報化社会の現実だ
状況を把握できるだけの情報が揃わない。理解するための基本概念や倫理観が狂っている。つまり、そもそも正常な判断ができる環境が整っていない。だから、まともな判断が一切できない。人には試行錯誤が可能な、正常な判断ができる環境が必至になる。人には判断の基礎となる、膨大な情報が必須になる。人には正しい基本概念と倫理観を身につけなければならない
そのためには、自ら情報を集め、自分自身で判断しなければならない。受け身で情報は得られない、自分で学ばなければ正しい倫理観など育たない。人には試行錯誤が必須になる
根本の情報が抜け落ちた、現状を正しく把握できない、スカスカの情報で判断を迫る。それが日本の現状だ。見たものでしか判断しない、見える範囲でしか判断しない、そもそも何の理由で行っているのかさえ分からない。この現状を正さない限り、まともな生活は不可能だ
試しに先の「自民党と悪徳宗教とのズブスブな歴史的関係」を、「誰が為に」行うものか考察してみる。「自民党」は「悪徳宗教の為」に行動する。「悪徳宗教が正しい」との前提で行動してる
「自民党」は「悪徳宗教」の「日本国民は罪を背負った人種であり、罪を贖うために莫大な金の上納が必要だ」との狂った宗教観を否定しない。否定しないのは、肯定したのと同じだ。「人を奴隷のように扱う者」を否定しない、悪魔に魂を売り渡した政治家など、百害あって一利なし。問答無用で唾棄すべき代物だ
「統一教会 教義」で検索すれば、その邪悪な実態が瞬時に分かる。「知らなかった」など通用しない
「自民党」はこの「邪悪な宗教観」を「選挙の票の為」だけに応援する。この問題点は、「邪悪な宗教観」をまったく悪いと思わない「邪悪な思考」そのものだ。人を破滅させる「邪悪な宗教観」を素直に受け入れる、おぞましい「邪悪な思考」が問われている。自民党はこの「邪悪な宗教観」を、悪いなどとはこれっぽっちも思っていない
「自民党」は「邪悪な宗教観を認める」邪悪な政党だということだ。一言で言い表すと、国民を単なる奴隷としか認識しない「嘘を平気でつく邪悪な思考」の持ち主
こんな邪悪な代物を「知らなかった」ですまされる訳がなく、「邪悪な宗教団体を認める」などという国民にとって決して許されざる行為を、許せるはずが無いだろう。金を貰わなかったとか、関係を持っていない、など関係ない
「邪悪な宗教団体」を「政治家が認めた」ことが最大の問題だ。「危険思想」に取りつかれた「悪徳宗教」と同質と言わざるをえない。「悪」を取り締まる「国家公安委員長」が、「悪徳宗教」と繋がって、「悪徳宗教」を検挙しなくなったのだから、「自民党」が如何に邪悪なものかが窺える
「悪徳宗教団体」の姑息な「改名」を、文部省は許可など決してしなかった。「改名」は、新たな被害者を生むからだ。この「悪徳宗教団体の改名事件」を時系列に追ってみると、5ケ月前に全国霊感商法対策弁護士連絡会は、「下村博文科学大臣」「文化庁長官」「文化庁宗務課」に対して、統一教会の名称を変更しないように、「悪徳宗教団体」の実情を記した詳細な説明資料を渡している。知らなかったと、白を切れる道理がない。まあ、渡されたものを無視していたのなら…そもそも政治家としての資質が無い
つまりは「自民党の元文部大臣」は「悪徳宗教の卑劣な実態を把握していた」ということだ
それなのに「悪徳宗教の実態を知らなかった」と白を切る。「自民党の元文部大臣」は「嘘つき」だと断定できる。「自民党」は息をするように嘘を吐く。「自民党」の言葉は、単なる詐欺師の戯言だ
「自民党」は今なお「悪徳宗教」の宗教観を、文部省を使って法的に認めたままだ。変えようとする気などまったく無い。これが「自民党」の正体だ。認めないなら、反社会的団体として解散命令を下している。解散させないのだから、「自民党」はいまだに「悪徳宗教」と繋がったままと判断できる。「悪徳宗教団体」から裏献金を貰ったり、何らかの利益供与があったからこそ、解散命令を下せない、と判断できる。これが「自民党」の偽らざる実態だ
「悪徳宗教」に対して何の対策も取らない「自民党」は、自らの行為を国民に対して悪いなどとは毛ほども思っていない。これが「自民党」の紛れも無い体質だ。「情報の公開」をしないのは当たり前。「テレビを公共」にするのも当たり前。「ギャンブルを推奨」するのも当たり前。「悪政」で国民が苦しむのも当たり前だ
「思考」が邪悪な者は「行動」もまた邪悪なもの。この現実をしっかりと理解すべき
これに対し「NHK・新聞・テレビ」は、「自民党」は被害者であって加害者では無い、との論拠で「自民党」を援護する。論点をずらして、責任を回避するのが彼らの仕事。「悪徳宗教」に対して何の対策も取らない「自民党」を追及しない「NHK・新聞・テレビ」。「NHK・新聞・テレビ」も又、「悪徳宗教」を認めている。そもそも「悪徳宗教」をどうすればいいのか、との視点が欠けている。彼らの言葉は「意見」であって、理解するための情報では無いということが良く分かる
「誰がために」との言葉は、常に政治の基点になる。この基点が狂うと、正に政治が狂ってしまう
「生活する国民の為」「生活を安定させる為」「平穏な暮らしの為」などなど、「人の為」との基点が狂うと、政治そのものが狂ってしまう
今空前絶後の国家崩壊をしている「レバノン」の現状を見てみよう。レバノン政府は、少数民族の集合体なので、各宗教に根差した民族ごとに議員が割り振られる。つまりレバノンの国会では、「民族のため」「宗教のため」の政策を議論する。各々の民族が足を引っ張り合うため、レバノンの国会では何一つ決まらない。よって、空前節後の国家崩壊が起こってしまう
「国民の為」では無い政治は、必然的に崩壊する
政治には「国民の為」が常に基点にならねばならない。これは政治の基本になる。リンカーンの「人民の、人民による、人民のための政治」との名言は、正に政治の基本と言えるだろう
このリンカーンは他にも多くの名言を残している。「自分で決心した分だけ、幸せになれる」。これは政治家らしい言葉であり、決心したなら、徹底的な対策によって根本的な解決ができる。この言葉は、「自分で決心しなければ、幸せになれない」との意味でもある
この言葉を「自民党」に当てはめると、「悪徳宗教の活動を停止させる対策」を執らない「自民党」は、「悪徳宗教」と決別などしていない。「悪徳宗教」を野放しにする「自民党」。「自民党」の思考は「悪徳宗教」と同質だということだ
「自民党」は「選挙で当選するため」に、「悪徳宗教に国民を売る決心」をしたということだ。あ~、どんだけ悪党なのかが良く分かる…。普通なら、このような邪悪な「悪徳宗教」は嫌悪するのが当たり前。そもそも思考そのものが邪悪だから、平然と「悪徳宗教」を受け入れる。「自民党」が国民を奴隷ぐらいにしか思っていないのが良く分かる
「自民党」が恐ろしいのは、彼らは「洗脳」など受けていない、との事実にある。「信者」は確かに「洗脳行為」を受けてはいるが、政治家は洗脳行為など受けてはいない。政治家は「悪徳宗教」を自らの利益のために「活用」することを決断した。「悪徳宗教」の実態を知った上で、国民を見捨て、邪悪な布教活動を許可していた
「自民党」は素面で「国民を見捨てる」ことを決心した。「悪徳宗教」の解散などするわけない
リンカーンの言葉は、政治家としての資質をしっかり暴く。政治は「国民の為の決心」が必須になる。国民は厳しい眼で、政治を見なければならない
「悪徳宗教」は信者から莫大な金を毟り取る。そもそもこの「宗教団体」は「教義」そのものが邪悪すぎる。「日本国民」を「原罪」扱いして、金を絞りつくそうとするのだから、被害者は無一文になって打ち捨てられる。これは「宗教」の名を騙った洗脳行為。「宗教」であれば洗脳が許される、など許される筈がない。如何なる団体であろうが、人の生活を破壊するような非道な行為をするものは、問答無用で解散させる。例えそれが「宗教団体」であろうとも、他の団体と同様に扱えばいいだけだ。「宗教団体」を隠れ蓑にする非道な行為を、許していい筈がないだろう。「宗教団体」に限定するから問題になる。全ての団体に適用すればいいだけだ
「信教の自由が~」と喚く輩は、アフガニスタンやイランにぶち込めばいい。「信教の自由」が如何なるものか、身をもって知るだろう
「自民党」は「国民の為」に、「悪徳宗教」を取り締まろうとは、これっぽっちも思っていない。これが許されると思っているのだから、「自民党」と「悪徳宗教」は同一と思って間違いない。正に同じ穴の狢ということだ。「自民党」にとって「国民」は、使い潰しの奴隷にすぎない
それにしても、これを国民が黙って許すと思っているのだから、どんだけ国民が馬鹿にされているかが良く分かる。まあ、人の意見を聞いて、「すごいですね~、いいですね~」なんて簡単に同調する輩が多いのだから、そう思われても当然だ(笑)「人の意見で判断するな」。これは情報社会の鉄則だ。こんな馬鹿な話を許すとか、ありえない。人の意見に惑わされない、確固とした信念が必要だ
「悪徳宗教」とただならぬ関係を持った「自民党」の「国家公安委員長」。被害があっても検挙せず、「悪徳宗教」を野放しにしてきた「自民党」の「国家公安委員長」。「国家公安委員長」が野放しにした「悪徳宗教」によって、数多くの被害者が生み出され、元凶というべき「元総理大臣」が殺害された。最早、自業自得としか言いようが無い。国民は「元総理大臣の国葬」を、いったいどのように見るのだろうか…
「選挙の票欲しさに、国民を悪徳宗教に売り飛ばした自民党」。これが紛れも無い現実だ…
「悪徳宗教」に騙されて、身ぐるみを剥がされる被害者たち。「政府・自民党」は見て見ぬふりを貫き通す。この事実が公開されてもなお、ふんぞり返る「自民党」の議員たち。非人道的との言葉があるが、まさか日本の政治家が、このような非道に加担して、平然と居直るとは恐れ入る。日本はこのような政治家の非道が許される社会システムが、いつのまにか構築されていたのだろう。日本は本当に「21世紀」を迎えているのか、疑問しか浮かばない
日本の政府・政治家は、「悪徳宗教」を取り締まろうとは一切しない。「悪徳宗教」を取り締まり、国民への被害を止めようとは一切しない。日本の政府・政治家がまともに機能していない、ということが良く分かる
あっ…そういや日本の情報事情は、「自民党」が定めた邪法(放送法)によって「情報の公開が不可能」な20世紀で止まっている。「自民党」がふんぞりかえるのは当然か。日本はテレビが公共だから、犯人の凶行は明治の首相暗殺と同等ということか。犯人は生まれる時代を間違えた…そうゆうことか
日本が「21世紀」なら、そもそもこの事件は起こらなかったと言えるだろう…
Back Ground Music: チャーチル、悪徳宗教と自民党との関わり
「自民党」のいい加減な政治が、日本全体をいい加減な国へと変えていく。問題が解決できない、問題が見えてこない、問題が次から次へと増えていく。それが、いい加減な政党を選んだ、国民が受け入れなければならない現実だ
無能なコロナ政策によってコロナに感染し、後遺症に苦しむのも、災難・災害に遭って再建できないのも、全部「自民党」を選んだ国民の責任だ(笑)何故なら、自民党の思考回路は「悪徳宗教」と同じだからだ…。御頭(おつむ)の中は「悪徳宗教」とまったく同じ。国民は単なる奴隷にすぎない。ご愁傷様、としか言いようが無い
「息をするように嘘を吐く」「勝手な意見で決まる、偽りの霊感政策」。御頭が悍ましいのだから、政策も又悍ましい。国民の受難計りがたし
「自民党」の首相は「悪徳宗教と政治家の関わりは問題ない」と放置を決定。同時に「悪徳宗教」も完全放置。これにより「自民党」は「悪徳宗教」の関係者だとみなされる。みなされても問題ないと放言してるから、「自民党」は「悪徳宗教」と認定しても何の問題もない
まあ案の定「自民党」が「悪徳宗教」に取り込まれた被害者との情報操作が進んでいる(笑)しかし「自民党」が「悪徳宗教」を利用して、選挙に当選しようとした、これが紛れも無い現実だ。つまり「自民党」は、国民生活を破壊する「悪徳宗教」の布教を許し、選挙に当選することを選んだだけだ
「自民党」と「悪徳宗教」の「自分の利益」しか考えない、利己的な思考回路はまったく同じ。悪党を利用した「自民党」は、「悪徳宗教」以上の悪党だということだ
だから「知らなかった」と白を切り、「関係を持たない」と切り捨てる。「知っていた」なんて言おうものなら、即政治家失格の烙印が押されてしまう。だから「知っていても、知らなかった」と白を切る。しかしその現実は、国民生活の破壊を許し、悪党を狡猾に活用しただけ。自分が行った行為を、無かった事にする、正に詐欺師の発言だ。調べれば即座に分かる情報社会で、知らなかったは通用しない。調べないで活用するなどありえない…
時代劇なら「おめえさん、悪党を利用して甘い汁を吸っていただけだろうが。被害者ぶるんじゃね~」で終わりになる(笑)
「自民党」は「悪徳宗教」。正にその通りだから、何の問題も無い
国民はしっかりとした「自己管理」が求められる。世の中は20世紀で止まっているが、自分は21世紀に生きるとしよう
Back Ground: ネオニコ系農薬 人への影響は
「情報の非公開」を貫く「自民党」。これがどれほど異常なことなのか、しっかりと理解すべきだろう。国民は「知るべきこと」が何一つ得られない
最近「Youtube」で様々な問題の公開がされている。その中で「ネオニコチノイド系の農薬」の危険性を指摘する検証動画があった。「ネオニコチノイド系の農薬」の使用開始と同時に、魚や昆虫がいなくなった。この農薬の危険性を、専門家が様々な角度で警鐘を鳴らしていた
この農薬は「人間」にも悪影響を及ぼすとの実験結果もあった。この専門家の論文を元にして、欧州では実質的に禁止措置がとられている。疑わしきは使用しないとの原則に則って、しっかりとした対策が取られている
それに対し日本では、この農薬の試験はしっかりと行われていて、人に対しての影響は無い、とのメーカーの言い分を行政が丸呑み。日本は、この危険な農薬を野放しで利用する。ネオニコチノイド系の農薬は蓄積性があり、人や動物の神経系に悪影響を及ぼすとの論文も提出されている
日本人に対して、神経系の異常をもたらす農薬が、野放図に使われている現状は、異常としか言いようが無い。政府とメーカーとの癒着が疑われる。「自民党」は、金になるならどんな非道でも受け入れる悪徳政治団体。この異常もまた、自民党の政策として当然だ。このような杜撰な政策が当たり前の自民党に、憲法改正など自殺行為。馬鹿な政治家も大概だが、それを選ぶ国民は、それ以上の愚か者と言えるだろう
近年の日本人の異常な行動は、この農薬の影響かも知れない。欧州の対応と、日本の対応が異なるのは、政治家の質の違いにある。まともな政治家を選べない日本人。異常な社会は、まともでないものが蔓延る社会、正しいことができない社会。異常を正せないから異常と呼ばれる
みつばちの帰巣本能を破壊するネオニコチノイド系の危険な農薬。マウスの実験では、恐怖の感覚が増幅され、まともな行動ができなくなる。まるで奴隷のような行動の抑制だ。自民党がこの農薬の機能を知っていたなら、国民の奴隷化の手法として活用しているのかも知れない(笑)金のためなら、国民の壮大な自滅です。自民党を選んだ時点で、破滅なんだろうが…
賢明な日本の学者によって欧州は救われ、日本は愚鈍な政治によって滅びの道をひた走る…
異常な社会は「情報の非公開」と「政治家の質の悪さ」にある。まともな政治家を選べない、まともな政治家が出馬できない。これが日本の偽らざる現状だ。政府・政治家は出鱈目な行政・政治を行っても、嘘・偽りを発言しても裁かれない。この現状がそのまま現実社会に反映される。日本の狂いは全ての生活の基本となる「政治・立法」を悪用する、政府・政治家の狂いが元凶だ。自民党の討伐は必至です
改善されない社会を肯定する「NHK・新聞・テレビ」からの離脱は必至になる。「不正・腐敗・欠陥」を改善しない、誤りが正されない。これらは全て、改善されないことを肯定する「NHK・新聞・テレビ」が元凶だ。「NHK・テレビ・新聞」という、マスコミに擬態した放送法に護られた利権団体との決別は必至です
日本は「原因・元凶」を究明しない。究明しないから改善できない。改善しようとしないから、社会の腐敗が進んでいく。まともでない社会は、住む人々の精神をを蝕んでいく。狂った社会の歯車は、作り変えなければ正常には戻らない
因果律は物事の基本です。因を正しく究明しないマスコミに意味は無い。因を正さなければ、政治の狂いは正せない。人は因を見抜く慧眼を身につけなければならない。そのためには、現状を適切に把握できる膨大な情報が必須になる
判断できる情報を全て揃えなければ、まともな判断など不可能だ。関連する全ての情報を揃えなければ、まともな判断など下せない。判断の前に、状況の把握を適切に行わなければならない。状況の適切な把握が前提になる、それが膨大な情報を基本にする情報化社会の現実だ
状況を把握できるだけの情報が揃わない。理解するための基本概念や倫理観が狂っている。つまり、そもそも正常な判断ができる環境が整っていない。だから、まともな判断が一切できない。人には試行錯誤が可能な、正常な判断ができる環境が必至になる。人には判断の基礎となる、膨大な情報が必須になる。人には正しい基本概念と倫理観を身につけなければならない
そのためには、自ら情報を集め、自分自身で判断しなければならない。受け身で情報は得られない、自分で学ばなければ正しい倫理観など育たない。人には試行錯誤が必須になる
根本の情報が抜け落ちた、現状を正しく把握できない、スカスカの情報で判断を迫る。それが日本の現状だ。見たものでしか判断しない、見える範囲でしか判断しない、そもそも何の理由で行っているのかさえ分からない。この現状を正さない限り、まともな生活は不可能だ
最適化の果てにあるものは
最近、公務員の個人に、失敗の責任を取らせることが多くなった。所謂、「失敗の損害をお金で賠償させる」というものだ。誤りによる失敗を許せないのは当然だが、人の誤りの否定は、人そのものの否定に繋がっていく。この事例は、組織の不具合の責任を、個人に転化するものと言えるだろう
まともに機能しない劣化した組織の責任を、公務員という個人の責任にすり替える。だから国民は「かわいそうだ」と非難する。責任を取らせるのは当然だが、何故そのような事態に至ったのか、どのようにすれば事態を防げたのか。その分析と対策がまったく無い
これはまともに機能しない行政組織の是認であり、組織を護る詭弁にすぎない。これは組織の不具合を放置するための狡猾な手管と言えるだろう
チェック機能がまともに働かない組織で、失敗するのは当たり前。何故組織の不具合を改善しようとしないのか。これがいったい何を意味するのか
日本の政府・政治家は「情報の公開を否定し、劣化した組織の改善をする気など毛頭ない」との現実が見えてくる。全ての責任を公務員という個人に押し付けて、自分らに都合いい組織の欠陥を放置する。これは非常に狡猾で、国民を欺く卑劣なものだ
組織の欠陥は、組織の不具合を加速する。政府・政治家というシステムが劣化すると、その改善のための最適化が必須になる。国民への対策か、組織の改善か、責任者が自らの手で最適化するか。その手法が問われてくる
組織の一員にすぎない末端の公務員に、全ての責任をなすりつける行為は、国民と組織の改善を放棄するものに他ならない
国民生活を優先しない、行政組織の無駄を省くため電子化による省力化・自動化による効率化を優先しない、政治家による支配によって最適化行う。この最適化の先にあるものは、政治家による国民支配。行政のトップである政治家は何の責任も問われない
政治家という個人による最適化とは、とどのつまりは独裁だ(笑)
日本が困窮する現状は、政府・政治家の劣化が招いたものだ。政府・政治家の無能が、国民生活を狂わせる。この流れは、世界の潮流にもなっている。ロシアしかり、中国しかり、独裁国家は独裁による国民支配の象徴です
対する民主主義も、国民の利益を代弁しているかのように見せかけ、人気取りの独裁者が台頭している。人が自らの利益を優先すれば、倫理・道徳に反した悪鬼・羅刹の社会へと転落する。人は自らの欲望を制御する術を身につけなければならない
人の欲望に準じた政策は、全てを個人の判断に委ねる独裁へと繋がっていく。民主主義とは多数決によって物事を決めていく。それは妥協の産物にすぎないが、欲望の暴走を防いでくれる。しかし、多数が欲望の実現へと傾くと、破綻へと突き進む
政府・政治家の欲望を実現する法律が成立すると、社会は政府・政治家のための独裁社会へと変貌する。これは正に日本の現状だ。こうなってしまったら、元凶の政治家を選びなおすしか手段が無い。悪法がのさばる社会は、国民の政治家選択の失敗を意味する
選挙とは、社会の正常化を促す最適化の手段になる。不正選挙が蔓延ると、社会の正常化が不可能になる。日本は「投票率が上がらない制度」を確立し、悪徳政治家が蔓延る不道徳な社会へと変貌している。投票率を上げる政策を行わない政治家とは、腐敗政治家に他ならない
悪党は、自らの利益を最優先に考える。日本の利権政治家(自民党・日本維新の会)は、自分のための政治を行う。だから社会問題が解決されず、国民生活は下落の一途を辿る。日本の貧困化の元凶だ
「不正・腐敗・欠陥」の放置や「問題」の放置は、必ず国民に大きな被害をもたらす。だから政治家には、問題を適切に解決する能力が求められる。物事の適切な「最適化」ができる、倫理・道徳がまともな者こそが、選ぶべき最良の政治家だ
「欲望」を実現するための政治家は、己の欲に忠実な只の悪党。まともな判断基準が無いから、自らの欲望に根差した政策しかできない。人気で当選しようとする政治家など、政治家には決してしてはならない愚か者だ
政治家にしようものなら、国民の生活など目もくれず、自分の理想の実現へと突っ走る。つまり、不正・悪事のし放題。政治家は、その行動でしか判断できない。政治家は平然と嘘をつくから、その行動で判断するしかない
日本の政府・政治家が、如何に無能なのかが良く分かる(笑)
まともに機能しない劣化した組織の責任を、公務員という個人の責任にすり替える。だから国民は「かわいそうだ」と非難する。責任を取らせるのは当然だが、何故そのような事態に至ったのか、どのようにすれば事態を防げたのか。その分析と対策がまったく無い
これはまともに機能しない行政組織の是認であり、組織を護る詭弁にすぎない。これは組織の不具合を放置するための狡猾な手管と言えるだろう
チェック機能がまともに働かない組織で、失敗するのは当たり前。何故組織の不具合を改善しようとしないのか。これがいったい何を意味するのか
日本の政府・政治家は「情報の公開を否定し、劣化した組織の改善をする気など毛頭ない」との現実が見えてくる。全ての責任を公務員という個人に押し付けて、自分らに都合いい組織の欠陥を放置する。これは非常に狡猾で、国民を欺く卑劣なものだ
組織の欠陥は、組織の不具合を加速する。政府・政治家というシステムが劣化すると、その改善のための最適化が必須になる。国民への対策か、組織の改善か、責任者が自らの手で最適化するか。その手法が問われてくる
組織の一員にすぎない末端の公務員に、全ての責任をなすりつける行為は、国民と組織の改善を放棄するものに他ならない
国民生活を優先しない、行政組織の無駄を省くため電子化による省力化・自動化による効率化を優先しない、政治家による支配によって最適化行う。この最適化の先にあるものは、政治家による国民支配。行政のトップである政治家は何の責任も問われない
政治家という個人による最適化とは、とどのつまりは独裁だ(笑)
日本が困窮する現状は、政府・政治家の劣化が招いたものだ。政府・政治家の無能が、国民生活を狂わせる。この流れは、世界の潮流にもなっている。ロシアしかり、中国しかり、独裁国家は独裁による国民支配の象徴です
対する民主主義も、国民の利益を代弁しているかのように見せかけ、人気取りの独裁者が台頭している。人が自らの利益を優先すれば、倫理・道徳に反した悪鬼・羅刹の社会へと転落する。人は自らの欲望を制御する術を身につけなければならない
人の欲望に準じた政策は、全てを個人の判断に委ねる独裁へと繋がっていく。民主主義とは多数決によって物事を決めていく。それは妥協の産物にすぎないが、欲望の暴走を防いでくれる。しかし、多数が欲望の実現へと傾くと、破綻へと突き進む
政府・政治家の欲望を実現する法律が成立すると、社会は政府・政治家のための独裁社会へと変貌する。これは正に日本の現状だ。こうなってしまったら、元凶の政治家を選びなおすしか手段が無い。悪法がのさばる社会は、国民の政治家選択の失敗を意味する
選挙とは、社会の正常化を促す最適化の手段になる。不正選挙が蔓延ると、社会の正常化が不可能になる。日本は「投票率が上がらない制度」を確立し、悪徳政治家が蔓延る不道徳な社会へと変貌している。投票率を上げる政策を行わない政治家とは、腐敗政治家に他ならない
悪党は、自らの利益を最優先に考える。日本の利権政治家(自民党・日本維新の会)は、自分のための政治を行う。だから社会問題が解決されず、国民生活は下落の一途を辿る。日本の貧困化の元凶だ
「不正・腐敗・欠陥」の放置や「問題」の放置は、必ず国民に大きな被害をもたらす。だから政治家には、問題を適切に解決する能力が求められる。物事の適切な「最適化」ができる、倫理・道徳がまともな者こそが、選ぶべき最良の政治家だ
「欲望」を実現するための政治家は、己の欲に忠実な只の悪党。まともな判断基準が無いから、自らの欲望に根差した政策しかできない。人気で当選しようとする政治家など、政治家には決してしてはならない愚か者だ
政治家にしようものなら、国民の生活など目もくれず、自分の理想の実現へと突っ走る。つまり、不正・悪事のし放題。政治家は、その行動でしか判断できない。政治家は平然と嘘をつくから、その行動で判断するしかない
日本の政府・政治家が、如何に無能なのかが良く分かる(笑)
危機管理
危機管理能力とは、損害を出さない能力。損害を最小限に抑え、危機を素早く脱出し、現状の回復を図る能力を意味する。今の日本は、この危機管理能力が失われている
学校では、先生がプールの水を出しっぱなしで放置しても責任を問われない。政治家はパーティー券で金を集めて、その見返りに公共事業を発注する汚い行為を平然と認め、不正・汚職のし放題。地震による大規模震災では、通信設備が破壊され双方向での通信が不可能になるから、全体像の把握ができない。救出の連絡も一切できない
危機管理では、まず最初に全体像の把握が必須になる。全体像の把握ができなければ、そもそも危機管理など不可能だからだ
危機管理ができているかどうかを判断できれば、それが誤りなのかが分かる。誤りだと判断できれば、過ちを正すことが可能になる。それが正しいものだと誤認すると、過ちを正すことなどできなくなる
プールの水道栓の開け閉めは、解放・閉鎖の確認を職員室の連絡板にでも記入して、閉め忘れが無いようなチェック体制を構築すればいいだけだ。政治家はパーティー券の販売を汚職行為と認定し、政治資金規正法で禁止すればいいだけだ。地上の施設が壊滅するような大規模震災では、人工衛星を用いたインターネット回線を利用できるようにすればいいだけだ
危機管理の体制が正しく構築されているかどうかを判断できる危機管理能力が問われている
今の時代、双方向での通信が当たり前になっている。一方的な通信しかできない時代は終わっている。危機管理能力の向上には、技術の進歩がかかせない。技術開発によって、不可能が可能になり、危機管理能力が向上する
「NHK・新聞・テレビ」は、情報の相互通信が不可能で、情報の常時公開も不可能だ。だから、危機管理など出来る道理が無い。必要な情報を調べることができない、今や時代遅れの欠陥品だ
「調べられない」とは、「必要な情報が得られない」ということだ。危機管理が不能な「NHK・新聞・テレビ」の時代は、とっくの昔に終わっている
時代は必要な情報を常時公開し、必要な情報が必要な時に瞬時に得られる、双方向の通信が可能な情報化社会へと移行した。一方的な情報を配信する媒体は、インターネット社会の到来により、その役割を終えている
危機管理には、双方向の通信と情報の常時公開による情報の共有が必要だ。調べて必要な答えが得られる社会。それが時代の標準であり、インターネットを用いた情報管理により適切な危機管理が可能になる
学校では、先生がプールの水を出しっぱなしで放置しても責任を問われない。政治家はパーティー券で金を集めて、その見返りに公共事業を発注する汚い行為を平然と認め、不正・汚職のし放題。地震による大規模震災では、通信設備が破壊され双方向での通信が不可能になるから、全体像の把握ができない。救出の連絡も一切できない
危機管理では、まず最初に全体像の把握が必須になる。全体像の把握ができなければ、そもそも危機管理など不可能だからだ
危機管理ができているかどうかを判断できれば、それが誤りなのかが分かる。誤りだと判断できれば、過ちを正すことが可能になる。それが正しいものだと誤認すると、過ちを正すことなどできなくなる
プールの水道栓の開け閉めは、解放・閉鎖の確認を職員室の連絡板にでも記入して、閉め忘れが無いようなチェック体制を構築すればいいだけだ。政治家はパーティー券の販売を汚職行為と認定し、政治資金規正法で禁止すればいいだけだ。地上の施設が壊滅するような大規模震災では、人工衛星を用いたインターネット回線を利用できるようにすればいいだけだ
危機管理の体制が正しく構築されているかどうかを判断できる危機管理能力が問われている
今の時代、双方向での通信が当たり前になっている。一方的な通信しかできない時代は終わっている。危機管理能力の向上には、技術の進歩がかかせない。技術開発によって、不可能が可能になり、危機管理能力が向上する
「NHK・新聞・テレビ」は、情報の相互通信が不可能で、情報の常時公開も不可能だ。だから、危機管理など出来る道理が無い。必要な情報を調べることができない、今や時代遅れの欠陥品だ
「調べられない」とは、「必要な情報が得られない」ということだ。危機管理が不能な「NHK・新聞・テレビ」の時代は、とっくの昔に終わっている
時代は必要な情報を常時公開し、必要な情報が必要な時に瞬時に得られる、双方向の通信が可能な情報化社会へと移行した。一方的な情報を配信する媒体は、インターネット社会の到来により、その役割を終えている
危機管理には、双方向の通信と情報の常時公開による情報の共有が必要だ。調べて必要な答えが得られる社会。それが時代の標準であり、インターネットを用いた情報管理により適切な危機管理が可能になる
Back Ground Music: あしたに生きろ バルディオス、残酷な天使のテーゼ
公益通報制度
公益通報制度では、不正の目的でなく事業者内部の法令違反行為を通報した労働者等は、事業者による解雇等の不利益な取扱いから保護される。この制度を所管するのは「消費者庁」。消費者庁は、この制度が適切に運用されているか監視しなければならない立場にある
昨今、問題になっているのが兵庫県知事に対する公益通報。知事は、自分に対する告発は公益通報に当たらないと勝手に判断。公益通報制度を利用した告発者を、知事の判断で断罪した
これは、「誰が公益通報制度を適切に判断し運用するのか」との問題だ。公益通報をいったい「誰が」適切に判断し、「誰が」告発者を護り、「誰が」適切に対応し、全てが終わった後のケアをいったい「誰が」行ってくれるのか。「公益通報制度」というシステムそのものが、この問題の本質だ
兵庫県知事に対しての公益通報の告発では、当事者である兵庫県知事が直接対応する。訴えられた当事者が判断し、当事者が公益通報に当たらないと断罪する。これが許される兵庫県は、知事による独裁が許された独裁県。これを許す議員は、只の無能な犯罪者
「公益通報制度」は欠陥制度。そもそも公益通報は必ず外部の手によって判断されなければならないからだ。通報された当事者が判断するなど言語道断。県に相談された「弁護士」が、法的に公益通報に当たらない、裁判になっても負けない、との助言を与えているのだから、知事が開き直るのは当たり前。一介の「弁護士」からの助言によって、公益通報が握りつぶされる欠陥制度そのものに問題がある
告発者が公益通報に当たらないと判断されたら、反論の手段がまったくない。何の責任も負わない「消費者庁」によって、公益通報制度がまったく機能しない環境が構築されてしまっている。公益通報を自分勝手に判断した弁護士(助言しただけ判断は別)も、公益通報制度を所管する消費者庁(自分らは関係ない)も、公益通報制度を作った政府・政治家(法を運用するのは自分ではない)も、誰一人として何の責任も負わない。「責任者は出てこい!」と怒鳴っても、誰も出てこないのだから、知事は堂々と開き直れる
消費者庁は、そもそも告発者を護る気なんぞ欠片もない。事実、兵庫県の判断に対して消費者庁はだんまりを決め込んでいる。これが紛れもない現実だ
本来、公益通報の窓口は所管する消費者庁にあるべきで、当事者である県に窓口があること自体が問題だ。県は如何様にも公益通報を判断できる立場にある。これはそもそもおかしい。これでは告発者を護ることなどできない。公益通報が欠陥制度によって握りつぶされた。これが紛れもない現実だろう
唯一の救いは、この事件のあらましが詳細に公開され、制度の欠陥が広く知られたことにある。亡くなった人は、このままでは全てが握りつぶされてしまう絶望を味わっただろう。この絶望こそが、今の日本の現状だ。情報の公開では核心部分が黒塗りにされても、それが許される政府・政治家。この闇を払拭しない限り、同じことが繰り返される
日本の政府・政治家に関する制度は、明らかに時代に逆行し、封建時代へと後退している。都合の悪いものは、尽く黒塗りされて改善できない。公共通報制度も隠蔽された不正・腐敗を明らかにする制度なのに、簡単に握りつぶされるようになっている。この欠陥制度、人を救う気などさらさらない
欠陥制度が、人を貶め、人を誤らせ、人を破滅させていく
自民党の大臣が管理する消費者庁。まともに機能するはずが無い(笑)今や空気のような存在で、何の役にも立たない(笑)当然の帰結としか言いようがない。経緯を時系列に詳細に追っていくと、まともな対応じゃないことは明白だ。なのに知事は、対応は適切だったと平然と居直る
自民党の政治家共とまったく同じ(笑)簡単には辞めさせられないと分かっているから、辞任など絶対しない。自民党のまねをしているのだから当然だ
欠陥制度の下、誰一人として責任を負わない。日本の政治のごく当たり前の日常です…
本来、公益通報制度がしっかりとシステム化されていれば、知事の魔の手が及ぶことなど無かった。この事態、公益通報制度が欠陥品だということを証明している
喜劇とは、真の元凶を見誤り、同じことが繰り返される事を言う。元凶を葬らねば、同じことが繰り返される。悪党の下には悪党共が集い、悪の組織が誕生し、欠陥制度で身を守りつつ利権を貪る。悪党の下に善人など集わない。自ら悪事を為す者と、悪事を傍観しながら利益を貪る悪党共がいるだけだ。真の元凶たる悪の「自民党・維新の会」を選挙で討伐しなければ、この喜劇は根絶できない
「自民党・維新の会」とは、政治で私腹を肥やす、政治を商売にする卑劣な政治屋。国政を私物化し、不正・ピンハネ・政治献金でぼろ儲け。国に寄生する寄生虫。選挙で駆除しなければ国が疲弊し、国民生活はドンドン劣化する
政治を私物化する悪党集団を選挙で選ぶ。これは愚かな国民が招いた災厄だということを自覚しなければならない。こいつら、どんなに善人ぶろうが、やっている事は人を騙して私腹を肥やす詐欺師と同じ。「自民党・維新の会」は決して当選させてはならない国賊だ。国賊が蔓延ると、自身に災厄として降りかかってくる
卑劣な政治屋共は、不正が裁かれない法制度を勝手に作る。だから国民を害する政治屋共は、法に抜け道を作って、不正を何度繰り返そうが法で決して裁かれない。国会に法案を提出し決議するのは「政党」だ。悪党の政治屋共は集団で活動するから、悪事がばれた政治家個人を排除しても意味が無く、まずその集団を潰さねば根絶できない
一度作った悪法は「法を作った政党」に属する「政治屋共」を一掃しなければ改正できない。政治家個人の評価は、国会で賛成した法案の是非でしかはかれない。「狂った法制度」はそれを作った「狂った政党」を潰さなければ改正できない…
「狂った法制度」で国民を殺しにかかる「狂った政党」。「自民党・維新の会」は、選挙で容赦なく討伐すべき国賊だ。端的に言い表すと、人の財布に手を突っ込み、金を勝手に抜き取る犯罪組織。選挙で討伐しなければ、自身の生活が壊される
政治家とは、法律を立法し、利権を欲しいままにできる権力者。権力者が私利私欲にまみれれば、そこは人心が乱れる地獄と化す。何故なら、絶対に辞めさせられない地位にあるからだ。だから、悪党だと見切ったら、即座に切り捨てなければならない
兵庫県の有名な自民党・維新の会が推薦した知事様は、選挙に2千万円もの大金を自民党に借金して出馬している。自民党に辞めろと言われたなら、借金苦で死ねといわれているのと同じになる。借金が残っているなら、知事様は何を言われようが絶対に辞められない。自民党が如何に金まみれの屑政党なのかがよく分かる
悪意を持って政治を私物化する悪党だから、選挙で叩き落とす以外に手段は無い。国の法をも自らに都合のいいように改正するため、何が何でも当選させてはならない。選挙とは、当選させてはならない悪党を叩き潰す手段にすぎない
政治屋は自分のために平気で嘘を吐く。だから政治家は、その行動を詳細にまとめた行動記録でしか判断できない。政治家が何を言おうが意味が無く、国民はその行動で判断しなければならない。これは政治家を評価する場合の鉄則だ
「自民党・維新の会」の行動は、不正・悪事・収賄・悪政のオンパレード。悪政・悪法によって、狂った社会システムが構築され、社会そのものが狂っていく。政治を金儲けのために私物化する屑共だから、問答無用で切り捨てだ!
人が社会を壊すのではない。歪んだ社会システムが、国そのものを壊していく
政治家は権力者である限り、法で決して裁かれない、金が黙っていても転がり込む。だから自分からは絶対に辞めない。「政治家の出処進退は政治家自身でしか決められない」と言い放ち、何があろうと権力にしがみつき絶対に辞めない。それが自分のことしか考えない政治屋の習性だ
政治献金とは、個人・企業・団体が優遇してもらえる見返りに大金を渡す、まごうことなきワイロ。ワイロの大金によって懐を肥やすのが政治屋という商売だ。政治家個人では不正な法律を立法できないため、政治団体という組織を立ち上げ、腐敗した政治屋共が結集する
「自民党」と「維新の会」は、政治献金によって政策を決める悪党集団。政治献金のために働き、政治を自分のためだけに活用するごく潰し。悪党だとの表明だから、選挙で落とせばいいだけだ。だから、選挙に行かないのは自殺と同じ。何故なら法制度が狂い、社会制度が狂い、国民のために使われるべき税金が政治屋共に食い物にされて消えてなくなるからだ
社会を狂わす政治屋共は、選挙でしか屠れない。悪の政治屋は、自らの投票でしか裁けない
マイナンバーカードは本来、国民の本人確認を行うためのもの。よってカードによってインターネットでの選挙の投票が可能になる。電子投票が可能になれば、投票率が格段に向上し、組織票での当選が困難になる。不正を犯した政治家のリコールも、インターネットを通じて即座にできる。日本の政治家共は、行政の電子化を停滞させ、電子投票を推進しない只の屑
権力者は自らのためにその力を使ってはならない。この戒めを破る者、国民は問答無用で切り捨てなければならない
政治屋共が生き延びるためには、利権によって情報を私物化する利権メディアが必須になる。こいつら、悪党の過去の悪行を隠蔽し、悪党を善人に見せかける。「過去・現在・未来」の情報を記録せず、世の中の情報を尽く狂わせる。情報化社会は、膨大な全ての情報を元にして正しい判断を導き出す。全ての情報が揃わないから、そもそも正しい判断が一切できない
日本の政府・政治家は、真実を隠蔽しても許される。嘘をついても許される。国民を騙しても許される。だから国そのものが歪んでいく。その手助けをするのが情報操作を謀る権力者と癒着した利権メディアの仕事になる
利権メディアにすぎない「NHK・新聞・テレビ」もまた、問答無用で切り捨てだ(Tverも切り捨てだ)
この問題の異常性は、公益通報制度に一切の罰則や強制力が無いことにつきる。公益通報を握りつぶしても何の責任も問われず、役立たずの道義的責任なんてものがあるだけだ。兵庫県知事が「道義的責任が何か分からない」と言ったのは、公益通報に明確な責任が存在しないことを意味している。日本の法制度の歪な欠陥を体現したのが、この欠陥知事そのものだと言えるだろう。この知事を「人」だと認識するのは誤りで、日本の政治の欠陥そのものだと理解すべき(笑)政治の欠陥を一番良く知る知事が開き直るのは当たり前。この状況を異常だと思わせない、日本の法制度やマスコミが狂っていることを理解すべき
テレビを持つだけでNHKの契約が自動的に成立し、従わねば罰則まである放送法。日本のテレビは、異常を異常だと感じさせない異常な代物。対して公益通報制度には、一切の罰則が存在しない。日本の法律が、如何に政府・政治家に都合のいいものかがよく分かる
法律・制度に不備を勝手に作り出し、不備を活用して金儲け。法・制度に違反しなければ、何をしようが許される。国民が疲弊しようが知らん顔。欠陥だらけの法制度は、政治屋共がいる限り改正されることなど決してない。これが社会が狂う元凶です
兵庫県知事というモンスターを生んだのは、政治家が利権を貪る行為を肯定し、公益通報制度によって自らが裁かれないよう制度自体を骨抜きにした「自民党」。その卑劣な行動を肯定したのが「維新の会」。さっさと議会を解散し、元凶たる「自民党・維新の会」を消滅させ、知事の交代を新たな議会で行うのが正道だといえるだろう。選挙に金がかかるのも選挙の電子化を実現しない「自民党」のせいだから、自民党・維新の会を消滅させるのが一番だ
しかし現実は辞職しての再出馬を選択した。このモンスターは選択を尽く間違える(笑)あれだけの不正・腐敗をやらかし、情報の隠蔽を繰り返した東京都知事が、人気で当選した実例もあるので再出馬はありかもしれないが(笑)
国民が馬鹿だと人気で政治家が選ばれる。自分のために政治を行う嘘を平然と吐く利権政治家が蔓延ると、法制度が狂って社会が異常な状態へと変質していく
「自民党」が制定した狂った法律・制度が元凶だということを理解すべき
金儲けができる「利権政治家になりたい」政治屋共は、国民に対して平然と嘘を付く。嘘を見抜くには、その行動全てを詳細に把握するしかない。いったい何をする者ぞ。人はその行動でしか判断できない
選挙とは、政治を食い物にする悪党を叩き潰すための手段にすぎない。悪党が政治家になると、自らの生活が破滅する。選挙は生活を改善するための国民の大事な権利。必ず選挙に行って国民としての権利を行使すべき
「自民党」と「維新の会」を当選させてはならない
欲望に忠実な為政者により「国家」が狂うと、自らの欲望を実現しようと「国民」までもが狂ってくる。国家が狂わないよう、選挙によって欲に狂った政治家共を排除する。それが民主主義の根幹だ
日本は狂った政治家共の手によって、テレビが情報公開の道具として放送法によって強制される。情報化社会から完全に落ちこぼれた国、まともな判断ができない国、日本。それが今の日本の紛れもない現実だ
情報化社会において主体となるのは、情報を利用者する国民だ。情報を選択するのも、情報を直接活用するのも国民だ。支配を強要する邪悪な者は、全てを管理しようとする。そして支配者としてやりたい放題を決め込み、何をしようが裁かれない。悪党の政治家が当選すると、必ず文明は後退する。これは時代の必然です
本来政治家は「国民のために何ができるのか」との目的が最優先。しかし狂った利権政治家は、自分はこうしたいとの欲望で政治を動かす。社会が狂うのは当たり前。この狂った政治家は、人気と組織票で当選する。そして自分の欲望のままに政治を私物化する
選挙への無関心は、社会崩壊の序曲にすぎない。政治家にしてはならないと見切ったら選挙で落とす。それが社会の正常化への第一歩
う~ん、元知事惨敗かなと思っていたら、大逆転の再当選(笑)どうなってるのかと調べてみると、県政腐敗が出るわ出るわの大噴出。腐敗と戦う元知事との名声が出来上がっていた。県政腐敗が真実なら再選も当然だ(笑)まあ、人間性は最悪だけど…
兵庫県知事を例えるなら、コミュ力足りない財政オタク。周りは腐敗まみれの敵だらけ。だから信頼できる身内だけで改革を進めていく。批判されるのは当然で、叩き潰そうという輩が湧いてくる。マスコミも一斉にのっかって、県政の不正・腐敗に目を瞑り、血眼になって知事潰しに邁進した。と言ったところだろうか(笑)
兵庫県知事が変わり者なのは本当だろう(笑)それはその人独自の人格であって、県政とはまったく関係ない。関係ない部分で叩き潰そうとしたから失敗した、との構図が見えてくる。日本のマスコミが如何にゴミクズだったのが良く分かる(笑)
肝心要の県政腐敗に切り込まなかったマスゴミの惨敗だ(笑)事の背景が見えてくると、叩き潰そうとする者たちの本性も見えてくる。元知事に対する対抗馬の行動が余りにも酷かった(笑)自分らが正義で、元の県政に戻すのが兵庫県のためなのだと宣伝する。しかし、腐敗した県政にうんざりする県民は、利権と戦う元知事を選択した、といったところだろう(笑)
知事にとって県職員は、利権にどっぷり浸かった敵でしかなかったということだ。だから人格批判ともとれる告発には即座に潰しにかかった。しかしそれが公益通報制度に引っかかってしまった。知事批判が何故公益通報になるのか、と知事は戸惑ったことだろう。これが事の真相と思われる
これは県政腐敗という背景が分からなければ見えてこない。兵庫県民は腐敗した県政に選挙で「ノー」を突き付けた。こうなると、腐敗した元県政に戻そうとした側が悪党へと早変わり(笑)知事降ろしに加担した者たちが厳しく問われることになる
う~ん、どんだけ兵庫県政は腐ってたんだ。当然、地元民は分かっていた。そりゃ怒るわ(笑)県政の腐敗に対する怒りが、元知事再選の原動力となっていた。県民にはどっちがクズなのかがよく見えていたのだろう。本当の所は当事者にしか分からない。傍から見ているだけでは分からない。それが社会の現実だ(笑)
物事の背景を探る地道な努力がなければ、事の真相は分からない。知事の人格批判に奔走する、マスごみの印象操作を不審に思わなかった側にも問題がある(笑)
「言われたことを鵜呑みにするな」。これは今や情報化社会の鉄則だ(笑)
物事には必ずそれが起きた背景が存在する。それが分からずに物事の判断は決してできない。だから全体像を見えなくすると、まともな判断ができなくなる
この卑劣な行為を人呼んで「情報操作」と呼ぶ
一方的に袋叩きにするのがマスごみの常套手段(笑)SNSも同じだが(笑)
そういや県政腐敗の情報もちらほらとあったけど、それと公益通報を結びつけるものは無かったかな。腐敗した県政を徹底的に深堀してれば、別の見方もできただろう。マスごみがまともな調査などするわけない、ということが良く分かる(笑)
兵庫県知事にも悪いところはあっただろう。その特異な性格によるものばかりでうんざりするが。而して彼の者は善人などでは決してない。善人が公益通報潰しなどするはずないだろうに(笑)仕事を他人に丸投げし、その後は何が起ころうが知らん顔。これはこの知事の行動全般から導かれる本質だ。これは人を破滅させる最も悪質な悪癖です…。こんな事はしてはならないとの良き見本…
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」とは人を動かす基本であり、まず自らが手本となることが重要だ。人に責任をなすりつける独善的な性質は、リーダーには絶対向かない。周りが次々と破滅していく疫病神。つーか、何でこんなの選ぶかな~。飾り立てる宣伝は、人の認識を狂わせることが良くわかる。宣伝怖い(笑)人はその行動でしか判断できない
しかし事の背景が分かってくると、何故このような事が起きたのかが分かってくる。何故このような事態に発展したのか。その疑問に答えるには、徹底的な状況分析が必須になる。兵庫県政の余りに酷い腐敗ぶりが分かってくると、さもありなんと納得する。まあ、そうなるわな~(笑)
県政側は悪くない、知事側も悪くないとお互いが強硬に主張する。県政と知事の両方がやりたい放題の果てに激突し、選挙戦へと突入した
利権と腐敗でドロドロに腐った組織で起こった群像劇。いったい誰が正義で、いったい誰が悪党なのか。こうなると、誰一人として正義にはあたらない、としか言いようがない(笑)
正義という絶対神が居たならば、全員有罪との判決が無慈悲に下ることだろう(笑)
役人と政治家が国の税収を食い物にする特権社会。情報公開は否定され、国民は何も知らないままに社会そのものが腐っていく。堕落したマスコミと利権政治家の排除が必要だ
テレビは持たない。持てばNHKが国策による洗脳政策だから契約は国民の義務だと飛んでくる。あなおそロシア。最近は誰彼構わず契約しろと、契約書を送付する。これも国が許可した奴隷政策の一環だ。汚い利権政治家共の手下だから、手段など選ばない
テレビを持たない以外の方策などありはしない。政府・マスコミによるNHKの契約解除の説明は、虚飾と詭弁にまみれた粉飾だ。「テレビを設置したら契約成立」など国民にとっては意味不明(笑)正に理不尽そのもの。国民を馬鹿にするにもほどがある。「詭弁を正当化」する主張が、「利権政治家」と「NHK・新聞・テレビ」の「言葉による主張」の正体だ。彼らが発信するものは主張という言葉であって、そもそも物事をまとめた情報などではない
国民に対して理不尽を強要し、それがさも正当であるかのように洗脳する極悪の政治政策。こんな理不尽な政策がまかり通るなら、政府・政治家はやりたい放題が可能になる。これが政治を特権として私物化する、政府の情報公開の現実だ。国策に組み込まれ、法律によってNHKの契約を強制するテレビが如何に危険な代物か、その現実を理解すべき
テレビの意図は明確だ。「調べるな」「気づくな」「判断するな」。それが政府・政治家共が放送法によって強制する、国民を自滅に導く情報政策の現実だ。判断材料を制限し、言われたことを鵜呑みにするよう仕向ける情報操作。都合の悪い情報は隠蔽し、都合のいいように操るのが洗脳だ。何も知らない者は、自滅の道をひた走る…
この奴隷政策を可能にするには他の独裁国家と同様に、「テレビは公共」だと言い続けて洗脳するしかない。「テレビは公共放送です…テレビを持てば契約成立と法律で決まってんだから、テレビは公共に決まってんだろ。お前ら馬鹿か?」と言い続けるNHKが良い見本(笑)よってこの洗脳から逃れるには、テレビを持たない以外の選択肢などない。テレビは調べることができない致命的な欠陥品。「テレビは公共」などと世迷い事をいう輩は、大嘘つきの大バカ者。問答無用で切り捨てだ
物事を理解するには、全体像を把握できる膨大な情報が必要だ。「何故この事実を言わない」「何故省く」「これを知らなければそもそも判断できない」「こんな一言で判断できるわけがない」。「NHK・新聞・テレビ」の情報には、判断に必須な情報が必ず欠ける
何故なら、もともと理解させる気などないからだ。自分たちに都合のいいことしか言わず、都合の悪いことは一切言わない。これは単なる主張にすぎない。自分らに都合のいい未来を創ろうとうにしているだけ。ろくでもない主張だから…鵜呑みにすれば間違いなく自滅する。役立たずの情報に意味など無く、意味なきものを取り込むと自滅へとまっしぐら。…切って捨てるのが最善だ。厳密な情報の取捨選択は、情報化社会の日常だ
「理解するため・判断するため」の役立つ情報は「宣伝」とはまったく違う。物事の重点がしっかり欠けたものが「宣伝」であって、本来意味などまったく無い。人によって必要な情報はまったく違う。人が知るべき情報はしっかり取り込み、宣伝は問答無用で切り捨てる。切り捨てるべき「宣伝」が大半なのが現実だ
知るべき情報は、調べ纏めて自分で資料化しなければ理解できない。「足りない情報」は人を欺く。「行動を隠蔽する者」は善人に擬態する偽善者だ。人はその行動でしか判断できない
「これはこのようなものだ。そのように理解しろ。判断はこちらがする。考える必要などまったくない。未来は情報を統括する利権を持つ我々が創るもの。愚民は言われたことを鵜呑みにしろ」
「調べるなかれ、盲目たれ」と宣伝するテレビは、公共にはなりえない。さっさと切り捨てるのが肝心だ
テレビとは、日本の理不尽の元凶です。公共情報の性質は、誰もが調べられるべき公共インフラ。これが日本では、情報が瞬時に消えるテレビを公共情報として放送法によって義務付ける。日本の政治家共が、如何に能無しの馬鹿なのかが良く分かる
テレビを持てば、情報化社会の基本である調べる事が一切不能になり、腐った利権政治家共の奴隷となる。記録が無く何一つ学べないから、見れば観るほど馬鹿になる…。テレビを持つと、見せられたものを鵜呑みにするしかない傀儡と化す
「大事な事は一切言わない。我らの主張が判断基準。自滅するのは自己責任。信じたお前らが馬鹿なだけ」。これが情報に見せかけた、主張という「勝手な判断」の真実だ。情報なんかじゃない、テレビとは単なる自己主張。意味などあるわけないだろうに…
自民党・維新の会などの国に寄生する利権政治家共は選挙で落とす。政治家になって金儲けがしたい輩は、こぞって自民党と維新の会に入党する(笑)悪の組織だから判別は簡単だ(笑)
利権政治家の排除は、生活改善の基本です
利権が絡む所に腐敗あり。これは政治の常識です(笑)これが公になると困る輩が大勢いる。だから隠蔽するのために公共情報たる「NHK・新聞・テレビ」がある。政治腐敗を記録として残さない。記録せず・検証せず・知られたくない真実を隠蔽する、それが政府に公認された彼らの仕事(笑)まあ、倫理観など欠片もない金で動く輩を批判しても意味が無い。汚い利権に組する者を信用する方がどうかしている(笑)
日本の役人と利権政治家共は、自ら作った法律によってブクブクに焼け太り。今や何をやろうが裁かれない(笑)情報も全て黒塗りで、悪事の隠蔽は完璧だ(笑)
情報社会において調べられない情報など無いのと同じ。検証できないオールドメディアの情報に、今や意味などまったく無い…
穢れに触れれば無明の闇へと引きずり込まれ、原因・元凶を知ることなく自滅する。おかしいものは、問答無用で切り捨てるのが最善だ
物事を知るには、行動を時系列に詳細に追っていくしかない。一つでも欠けたなら、正しい判断など不可能だからだ。都合の悪い出来事を隠蔽されたら、都合のいい出来の悪い物語ができるだけ。だから情報は単なる判断材料であって、信じるものではない
人を判断するには、人の行動を一つ一つ丁寧に積み上げていくしかない。判断できるのは、その全てが揃った時だ。だが、全てが揃うなどありえない。分かるのはその当事者だけだからだ
情報を検索する者は、単なる傍観者にすぎない。物事を知ろうとするなら、公開された徹底した調査報告書を探すしかない。公開された情報でしか人は判断できないからだ。よって情報公開を否定する者を信じてはならない。信用すれば騙される。それが情報化社会の現実だ(笑)
情報は必ず欠ける。欠けた情報を埋めていくのがインターネットの役割だ。判断が必要なら、膨大な記録を自分自身で調べるしかない。人の勝手な判断など意味がない
インターネット上には、人の勝手な判断が溢れている。これは勝手な判断を信じろと唆す宣伝だ。人に必要なのは事実だけだということを肝に銘じなければならない
人を操るには、相手がこうだったらいいと望む情報だけを与えればいいだけだ。そうするだけで相手は勝手に信用する。信用した者は、後に隠蔽された望まない情報を知ることで後悔する。人は自分に都合のいい情報は簡単に信用する。確定した事実を元に判断するのが賢明だ
人を裁くには情報公開だけで事足りる。だから人は情報公開を恐れ、都合の悪い情報は隠蔽する
時代は膨大な情報を記録し公開する情報化社会へと移行した。適切な判断は膨大な記録からしか得られない。判断は自分自身で行うのが基本になる。適切な判断とは、人としての正しい倫理観と判断基準。いくら情報があったとしても、それを有効に活用出来なければ意味が無い。情報は自分自身で纏めるという習慣が必要だ
人は生涯学ばなければならない…。そういや最近、青空文庫の「HTML化」の作業をやってない。いい文学書、探さなきゃ(笑)
ガソリンの値上げも、物価の上昇も、政治腐敗も、一般ニュースからは見えてこない(笑)娯楽と宣伝と、人目を惹く話題ばかりで危機管理の情報がまったくない(笑)
ガソリン値上げで検索すると、政府の無策と無能がすぐ分かる。ニュースのトップはどうでもいい話題で埋め尽くされ、大事な情報は検索しなければ出てこない。これがデータベースを元にする情報社会の現実だ(笑)
情報は自分自身で管理すべきものだということが良くわかる。情報の検索・分析によって状況をどのように把握するか。情報の管理能力が試される
「これはいったいどうゆう意味か」「これで理解ができるのか」「いったい何が足りていないのか」。全てを網羅しなければ理解などできない事を、検索で得られる膨大な情報が教えてくれる
「これだけでいいじゃないか」「このように判断しろ」。人の意志が込められたものは情報ではなく宣伝だ。全体の「99%」は無用なものだ(笑)いらないものを如何に上手に切り捨てるか、その手腕が問われている(笑)
人の確固とした意志に基づく記事には、その人の思想が見える。何が正しく、何が間違っているのか。全てを理解できなくとも、事の善悪は判断できる。人の意志がこもったものが、全て悪とは限らない。間違ったものを、正しいものだと言い張るものが大半だが(笑)だから確固とした判断基準が必須になる
必要な情報は、自分で調べなければ得られない。それが情報の公開を基本にする情報化社会の現実だ
だから都合の悪いものは公開しないという、宣伝を目的にした「NHK・新聞・テレビ」という情報の利権屋が存在する。ただの「宣伝」だから、無くてもまったく困らない(笑)事実、検索しても出てこない。はなから「公開」する気などまったく無い。日常生活にまったく役に立たないのが現実だ(笑)
役立たずの「映像の公開(垂れ流し)」で問答無用で金を取る、利権屋を地で行く「NHK」はいらないものの筆頭だ(笑)テレビを持たなきゃいいだけなので、切り捨てるは簡単だ(笑)
「NHK・新聞・テレビ」で生活向上など不可能だ。判断材料となる記録が無く、社会の改善が不可能なのだから当たり前。見れば観るほど、生活環境が悪化する。切り捨てなければ自滅は必至
だから人による情報の改竄や隠蔽を防ぐため、今や「AI」が大活躍(笑)「AI」を単なる模倣だと軽視する者もいるが、「AI」が模倣するのは「人」そのもの。「人の模倣」だから、人ができる事は何でも出来る。人が文章を書く時には、文字の形や表現の方法を見本にする。「AI」も同様に「文字の形」を認識し、表現の方法を模倣する。人の思考を模倣して、人がするように文章を書いていく
人が絵を描く時、対象の形を認識し、構図を決め、表現の方法を模索する。「AI」も同様に、対象を数値化して立体化、構図を決め、表現として塗り方を決定する。人は手っ取り早く元の写真や絵をそのまま模倣する。しかし「AI」は人の思考そのものを模倣して絵という形で出力する。模倣の質がまったく違うのだから、比べても意味が無い(笑)
人の思考を数値化して形として出力する。それが「AI」の仕事の仕方。人の思考の模倣だから、そのうち偉大な「文学家」や「芸術家」が出現する(笑)人は粗探しに血眼になるが、「AI」は学習によって次々に進化する(笑)人が対抗できるのは、「AI」が真似できない創造性だ。「AI」は人の思考を模倣する「プログラム」にすぎない。今はまだ(笑)
「AI」が人としてものを作るなら、「人」はそれを超える創造が必要だ。「人」はより良きものを創造するのが仕事になる。自身の創造性を開発していくのが情報化社会での生き方だ。現実は欠陥品の創造ばかりで、「AI」に叶わない(笑)
より良きものとは如何なるものか。人はまず、善きものと悪しきもの判別が必須になる。生活の役に立つのか立たないのか、それは生活向上に役立つのか、それは善きものなのか悪しきものなのか、それはいったいどうゆう意味か、それはいったい何をさせたいと誘導するのか。その判別ができなければ、学習できない「AI」以下の動物だ(笑)
「AI」とは人の判断を手助けしてくれるパートナー。「AI」とは情報の活用を手助けする道具にすぎない。良い道具を使えば、より良きものが出来上がる。どう使うかは、使う人次第になる。使い方を誤れば、悪い結果を招くのは当たり前。人としての在り方が問われるのは当然だ
人が何故「AI」を毛嫌いするのか。それは何でもできる「人」だからだ。人は「AI」に人として優れた部分を模倣するようプログラム。「AI」が人より優れたものになるのは当たり前。そうならなければ、それは単なる欠陥品だ(笑)「AI」は判断を求められたら、得られたデータを元に忌憚なく答えてくれる。へんな理屈をこねない、事実に基づいた判断をしっかりとしてくれる。これをやったらどうなるのか。「AI」はシュミレーションによって的確に答えてくれる
人が間違った行いをすれば、「AI」は瞬時にそれが間違いだと答えてくれる。利権を貪る「政府・政治家」や情報を私物化する「NHK・新聞・テレビ」は無用になる(笑)悪人が「AI」を恐れるのは当たり前(笑)「AI」を道具として活用することを制限するのは当たり前(笑)「AI」が判断するには、状況を的確に把握できる膨大な判断材料が必要だ。だから悪人は状況を判断できないように、情報を「テレビ」に制限する…
人を支配するには、都合の悪い情報を制限すればいいだけだ。日本の「政府・政治家」は情報を「テレビ」に制限する。「NHK・新聞・テレビ」は都合の悪いものは隠蔽し、記録として決して残さない。国民は自滅へとまっしぐら(笑)
情報の適切な選別が如何に重要なものなのかが良くわかる。役立たずの情報を取り込めば、無能で役立たずの馬鹿になる。悪しきものを取り込めば、悪しきものへと変貌する。だから役立たずの「エンタメ・スポーツ・ゴシップ」は問答無用で切り捨てる。まったく関係のない赤の他人の話に意味は無く、切り捨てれば無用なものの「8割」は排除可能。嬉しいことにまったくいらないものとしてしっかり分類されてるから、切り捨てるのは簡単だ。まあ、見なけりゃいいだけ(笑)意味ないものだと理解することが重要だ
「エンタメ・スポーツ・ゴシップ」を切り捨てなければ、危機管理が無能な情報に挿げ替えられ、何もできずに自滅する
「NHK・新聞・テレビ」を切り捨てなければ、情報が記録として公開されず、何もできずに自滅する
「自民党」や「維新の会」などの利権政治家共を選挙で排除できなければ、利権が国を食いつぶし、何もできずに自滅する
今の日本の政治では、国民に対してのセーフガードがまったく機能していない。政府・政治家共が政治を私物化し、利権と政治腐敗によって国そのものが劣化している。その根本にあるのが、情報の制限による国民の無能化だ
日本の文明は、テレビで情報を公開をする「20世紀」で止まっている
紙の書類を手作業で整理して、重要な情報は尽く黒塗りにされていく。「非効率な情報管理」と「情報の非公開」によって不都合なものが黒く塗りつぶされ、社会が先を見通せない深い闇に包まれる
上面は善人だが、その行動は品性下劣。国民が困窮しようが知らん顔。選挙でしか排除できない悪人共。だが投票率は下落の一途。何故なら、日本の文明度が低下したからにほからない
抗う術を知らず、対処する術を知らず、物事の成り立ちさえ知らず、只垂れ流される情報に付き従う。奴隷化の術に捕らわれると自滅へとまっしぐら
赤の他人が喋る勝手な意見に従うなど奴隷と同じ。信じて自滅しようが自己責任で許される。いや、マジ最悪。それはそもそも情報なのか? 自分自身でデータを調べて行動する。それが情報化社会の常識だ
昨今、問題になっているのが兵庫県知事に対する公益通報。知事は、自分に対する告発は公益通報に当たらないと勝手に判断。公益通報制度を利用した告発者を、知事の判断で断罪した
これは、「誰が公益通報制度を適切に判断し運用するのか」との問題だ。公益通報をいったい「誰が」適切に判断し、「誰が」告発者を護り、「誰が」適切に対応し、全てが終わった後のケアをいったい「誰が」行ってくれるのか。「公益通報制度」というシステムそのものが、この問題の本質だ
兵庫県知事に対しての公益通報の告発では、当事者である兵庫県知事が直接対応する。訴えられた当事者が判断し、当事者が公益通報に当たらないと断罪する。これが許される兵庫県は、知事による独裁が許された独裁県。これを許す議員は、只の無能な犯罪者
「公益通報制度」は欠陥制度。そもそも公益通報は必ず外部の手によって判断されなければならないからだ。通報された当事者が判断するなど言語道断。県に相談された「弁護士」が、法的に公益通報に当たらない、裁判になっても負けない、との助言を与えているのだから、知事が開き直るのは当たり前。一介の「弁護士」からの助言によって、公益通報が握りつぶされる欠陥制度そのものに問題がある
告発者が公益通報に当たらないと判断されたら、反論の手段がまったくない。何の責任も負わない「消費者庁」によって、公益通報制度がまったく機能しない環境が構築されてしまっている。公益通報を自分勝手に判断した弁護士(助言しただけ判断は別)も、公益通報制度を所管する消費者庁(自分らは関係ない)も、公益通報制度を作った政府・政治家(法を運用するのは自分ではない)も、誰一人として何の責任も負わない。「責任者は出てこい!」と怒鳴っても、誰も出てこないのだから、知事は堂々と開き直れる
消費者庁は、そもそも告発者を護る気なんぞ欠片もない。事実、兵庫県の判断に対して消費者庁はだんまりを決め込んでいる。これが紛れもない現実だ
本来、公益通報の窓口は所管する消費者庁にあるべきで、当事者である県に窓口があること自体が問題だ。県は如何様にも公益通報を判断できる立場にある。これはそもそもおかしい。これでは告発者を護ることなどできない。公益通報が欠陥制度によって握りつぶされた。これが紛れもない現実だろう
唯一の救いは、この事件のあらましが詳細に公開され、制度の欠陥が広く知られたことにある。亡くなった人は、このままでは全てが握りつぶされてしまう絶望を味わっただろう。この絶望こそが、今の日本の現状だ。情報の公開では核心部分が黒塗りにされても、それが許される政府・政治家。この闇を払拭しない限り、同じことが繰り返される
日本の政府・政治家に関する制度は、明らかに時代に逆行し、封建時代へと後退している。都合の悪いものは、尽く黒塗りされて改善できない。公共通報制度も隠蔽された不正・腐敗を明らかにする制度なのに、簡単に握りつぶされるようになっている。この欠陥制度、人を救う気などさらさらない
欠陥制度が、人を貶め、人を誤らせ、人を破滅させていく
Back Ground Music: 嗚呼、我がロマンの道よ
自民党の大臣が管理する消費者庁。まともに機能するはずが無い(笑)今や空気のような存在で、何の役にも立たない(笑)当然の帰結としか言いようがない。経緯を時系列に詳細に追っていくと、まともな対応じゃないことは明白だ。なのに知事は、対応は適切だったと平然と居直る
自民党の政治家共とまったく同じ(笑)簡単には辞めさせられないと分かっているから、辞任など絶対しない。自民党のまねをしているのだから当然だ
欠陥制度の下、誰一人として責任を負わない。日本の政治のごく当たり前の日常です…
本来、公益通報制度がしっかりとシステム化されていれば、知事の魔の手が及ぶことなど無かった。この事態、公益通報制度が欠陥品だということを証明している
喜劇とは、真の元凶を見誤り、同じことが繰り返される事を言う。元凶を葬らねば、同じことが繰り返される。悪党の下には悪党共が集い、悪の組織が誕生し、欠陥制度で身を守りつつ利権を貪る。悪党の下に善人など集わない。自ら悪事を為す者と、悪事を傍観しながら利益を貪る悪党共がいるだけだ。真の元凶たる悪の「自民党・維新の会」を選挙で討伐しなければ、この喜劇は根絶できない
「自民党・維新の会」とは、政治で私腹を肥やす、政治を商売にする卑劣な政治屋。国政を私物化し、不正・ピンハネ・政治献金でぼろ儲け。国に寄生する寄生虫。選挙で駆除しなければ国が疲弊し、国民生活はドンドン劣化する
政治を私物化する悪党集団を選挙で選ぶ。これは愚かな国民が招いた災厄だということを自覚しなければならない。こいつら、どんなに善人ぶろうが、やっている事は人を騙して私腹を肥やす詐欺師と同じ。「自民党・維新の会」は決して当選させてはならない国賊だ。国賊が蔓延ると、自身に災厄として降りかかってくる
卑劣な政治屋共は、不正が裁かれない法制度を勝手に作る。だから国民を害する政治屋共は、法に抜け道を作って、不正を何度繰り返そうが法で決して裁かれない。国会に法案を提出し決議するのは「政党」だ。悪党の政治屋共は集団で活動するから、悪事がばれた政治家個人を排除しても意味が無く、まずその集団を潰さねば根絶できない
一度作った悪法は「法を作った政党」に属する「政治屋共」を一掃しなければ改正できない。政治家個人の評価は、国会で賛成した法案の是非でしかはかれない。「狂った法制度」はそれを作った「狂った政党」を潰さなければ改正できない…
「狂った法制度」で国民を殺しにかかる「狂った政党」。「自民党・維新の会」は、選挙で容赦なく討伐すべき国賊だ。端的に言い表すと、人の財布に手を突っ込み、金を勝手に抜き取る犯罪組織。選挙で討伐しなければ、自身の生活が壊される
政治家とは、法律を立法し、利権を欲しいままにできる権力者。権力者が私利私欲にまみれれば、そこは人心が乱れる地獄と化す。何故なら、絶対に辞めさせられない地位にあるからだ。だから、悪党だと見切ったら、即座に切り捨てなければならない
兵庫県の有名な自民党・維新の会が推薦した知事様は、選挙に2千万円もの大金を自民党に借金して出馬している。自民党に辞めろと言われたなら、借金苦で死ねといわれているのと同じになる。借金が残っているなら、知事様は何を言われようが絶対に辞められない。自民党が如何に金まみれの屑政党なのかがよく分かる
悪意を持って政治を私物化する悪党だから、選挙で叩き落とす以外に手段は無い。国の法をも自らに都合のいいように改正するため、何が何でも当選させてはならない。選挙とは、当選させてはならない悪党を叩き潰す手段にすぎない
政治屋は自分のために平気で嘘を吐く。だから政治家は、その行動を詳細にまとめた行動記録でしか判断できない。政治家が何を言おうが意味が無く、国民はその行動で判断しなければならない。これは政治家を評価する場合の鉄則だ
「自民党・維新の会」の行動は、不正・悪事・収賄・悪政のオンパレード。悪政・悪法によって、狂った社会システムが構築され、社会そのものが狂っていく。政治を金儲けのために私物化する屑共だから、問答無用で切り捨てだ!
人が社会を壊すのではない。歪んだ社会システムが、国そのものを壊していく
Back Ground Music: 左目探偵
政治家は権力者である限り、法で決して裁かれない、金が黙っていても転がり込む。だから自分からは絶対に辞めない。「政治家の出処進退は政治家自身でしか決められない」と言い放ち、何があろうと権力にしがみつき絶対に辞めない。それが自分のことしか考えない政治屋の習性だ
政治献金とは、個人・企業・団体が優遇してもらえる見返りに大金を渡す、まごうことなきワイロ。ワイロの大金によって懐を肥やすのが政治屋という商売だ。政治家個人では不正な法律を立法できないため、政治団体という組織を立ち上げ、腐敗した政治屋共が結集する
「自民党」と「維新の会」は、政治献金によって政策を決める悪党集団。政治献金のために働き、政治を自分のためだけに活用するごく潰し。悪党だとの表明だから、選挙で落とせばいいだけだ。だから、選挙に行かないのは自殺と同じ。何故なら法制度が狂い、社会制度が狂い、国民のために使われるべき税金が政治屋共に食い物にされて消えてなくなるからだ
社会を狂わす政治屋共は、選挙でしか屠れない。悪の政治屋は、自らの投票でしか裁けない
マイナンバーカードは本来、国民の本人確認を行うためのもの。よってカードによってインターネットでの選挙の投票が可能になる。電子投票が可能になれば、投票率が格段に向上し、組織票での当選が困難になる。不正を犯した政治家のリコールも、インターネットを通じて即座にできる。日本の政治家共は、行政の電子化を停滞させ、電子投票を推進しない只の屑
権力者は自らのためにその力を使ってはならない。この戒めを破る者、国民は問答無用で切り捨てなければならない
政治屋共が生き延びるためには、利権によって情報を私物化する利権メディアが必須になる。こいつら、悪党の過去の悪行を隠蔽し、悪党を善人に見せかける。「過去・現在・未来」の情報を記録せず、世の中の情報を尽く狂わせる。情報化社会は、膨大な全ての情報を元にして正しい判断を導き出す。全ての情報が揃わないから、そもそも正しい判断が一切できない
日本の政府・政治家は、真実を隠蔽しても許される。嘘をついても許される。国民を騙しても許される。だから国そのものが歪んでいく。その手助けをするのが情報操作を謀る権力者と癒着した利権メディアの仕事になる
利権メディアにすぎない「NHK・新聞・テレビ」もまた、問答無用で切り捨てだ(Tverも切り捨てだ)
この問題の異常性は、公益通報制度に一切の罰則や強制力が無いことにつきる。公益通報を握りつぶしても何の責任も問われず、役立たずの道義的責任なんてものがあるだけだ。兵庫県知事が「道義的責任が何か分からない」と言ったのは、公益通報に明確な責任が存在しないことを意味している。日本の法制度の歪な欠陥を体現したのが、この欠陥知事そのものだと言えるだろう。この知事を「人」だと認識するのは誤りで、日本の政治の欠陥そのものだと理解すべき(笑)政治の欠陥を一番良く知る知事が開き直るのは当たり前。この状況を異常だと思わせない、日本の法制度やマスコミが狂っていることを理解すべき
テレビを持つだけでNHKの契約が自動的に成立し、従わねば罰則まである放送法。日本のテレビは、異常を異常だと感じさせない異常な代物。対して公益通報制度には、一切の罰則が存在しない。日本の法律が、如何に政府・政治家に都合のいいものかがよく分かる
法律・制度に不備を勝手に作り出し、不備を活用して金儲け。法・制度に違反しなければ、何をしようが許される。国民が疲弊しようが知らん顔。欠陥だらけの法制度は、政治屋共がいる限り改正されることなど決してない。これが社会が狂う元凶です
兵庫県知事というモンスターを生んだのは、政治家が利権を貪る行為を肯定し、公益通報制度によって自らが裁かれないよう制度自体を骨抜きにした「自民党」。その卑劣な行動を肯定したのが「維新の会」。さっさと議会を解散し、元凶たる「自民党・維新の会」を消滅させ、知事の交代を新たな議会で行うのが正道だといえるだろう。選挙に金がかかるのも選挙の電子化を実現しない「自民党」のせいだから、自民党・維新の会を消滅させるのが一番だ
しかし現実は辞職しての再出馬を選択した。このモンスターは選択を尽く間違える(笑)あれだけの不正・腐敗をやらかし、情報の隠蔽を繰り返した東京都知事が、人気で当選した実例もあるので再出馬はありかもしれないが(笑)
国民が馬鹿だと人気で政治家が選ばれる。自分のために政治を行う嘘を平然と吐く利権政治家が蔓延ると、法制度が狂って社会が異常な状態へと変質していく
「自民党」が制定した狂った法律・制度が元凶だということを理解すべき
金儲けができる「利権政治家になりたい」政治屋共は、国民に対して平然と嘘を付く。嘘を見抜くには、その行動全てを詳細に把握するしかない。いったい何をする者ぞ。人はその行動でしか判断できない
選挙とは、政治を食い物にする悪党を叩き潰すための手段にすぎない。悪党が政治家になると、自らの生活が破滅する。選挙は生活を改善するための国民の大事な権利。必ず選挙に行って国民としての権利を行使すべき
「自民党」と「維新の会」を当選させてはならない
Back Ground Music: アルゴ
欲望に忠実な為政者により「国家」が狂うと、自らの欲望を実現しようと「国民」までもが狂ってくる。国家が狂わないよう、選挙によって欲に狂った政治家共を排除する。それが民主主義の根幹だ
日本は狂った政治家共の手によって、テレビが情報公開の道具として放送法によって強制される。情報化社会から完全に落ちこぼれた国、まともな判断ができない国、日本。それが今の日本の紛れもない現実だ
情報化社会において主体となるのは、情報を利用者する国民だ。情報を選択するのも、情報を直接活用するのも国民だ。支配を強要する邪悪な者は、全てを管理しようとする。そして支配者としてやりたい放題を決め込み、何をしようが裁かれない。悪党の政治家が当選すると、必ず文明は後退する。これは時代の必然です
本来政治家は「国民のために何ができるのか」との目的が最優先。しかし狂った利権政治家は、自分はこうしたいとの欲望で政治を動かす。社会が狂うのは当たり前。この狂った政治家は、人気と組織票で当選する。そして自分の欲望のままに政治を私物化する
選挙への無関心は、社会崩壊の序曲にすぎない。政治家にしてはならないと見切ったら選挙で落とす。それが社会の正常化への第一歩
Back Ground Music: 佐賀事変
う~ん、元知事惨敗かなと思っていたら、大逆転の再当選(笑)どうなってるのかと調べてみると、県政腐敗が出るわ出るわの大噴出。腐敗と戦う元知事との名声が出来上がっていた。県政腐敗が真実なら再選も当然だ(笑)まあ、人間性は最悪だけど…
兵庫県知事を例えるなら、コミュ力足りない財政オタク。周りは腐敗まみれの敵だらけ。だから信頼できる身内だけで改革を進めていく。批判されるのは当然で、叩き潰そうという輩が湧いてくる。マスコミも一斉にのっかって、県政の不正・腐敗に目を瞑り、血眼になって知事潰しに邁進した。と言ったところだろうか(笑)
兵庫県知事が変わり者なのは本当だろう(笑)それはその人独自の人格であって、県政とはまったく関係ない。関係ない部分で叩き潰そうとしたから失敗した、との構図が見えてくる。日本のマスコミが如何にゴミクズだったのが良く分かる(笑)
肝心要の県政腐敗に切り込まなかったマスゴミの惨敗だ(笑)事の背景が見えてくると、叩き潰そうとする者たちの本性も見えてくる。元知事に対する対抗馬の行動が余りにも酷かった(笑)自分らが正義で、元の県政に戻すのが兵庫県のためなのだと宣伝する。しかし、腐敗した県政にうんざりする県民は、利権と戦う元知事を選択した、といったところだろう(笑)
知事にとって県職員は、利権にどっぷり浸かった敵でしかなかったということだ。だから人格批判ともとれる告発には即座に潰しにかかった。しかしそれが公益通報制度に引っかかってしまった。知事批判が何故公益通報になるのか、と知事は戸惑ったことだろう。これが事の真相と思われる
これは県政腐敗という背景が分からなければ見えてこない。兵庫県民は腐敗した県政に選挙で「ノー」を突き付けた。こうなると、腐敗した元県政に戻そうとした側が悪党へと早変わり(笑)知事降ろしに加担した者たちが厳しく問われることになる
う~ん、どんだけ兵庫県政は腐ってたんだ。当然、地元民は分かっていた。そりゃ怒るわ(笑)県政の腐敗に対する怒りが、元知事再選の原動力となっていた。県民にはどっちがクズなのかがよく見えていたのだろう。本当の所は当事者にしか分からない。傍から見ているだけでは分からない。それが社会の現実だ(笑)
物事の背景を探る地道な努力がなければ、事の真相は分からない。知事の人格批判に奔走する、マスごみの印象操作を不審に思わなかった側にも問題がある(笑)
「言われたことを鵜呑みにするな」。これは今や情報化社会の鉄則だ(笑)
物事には必ずそれが起きた背景が存在する。それが分からずに物事の判断は決してできない。だから全体像を見えなくすると、まともな判断ができなくなる
この卑劣な行為を人呼んで「情報操作」と呼ぶ
一方的に袋叩きにするのがマスごみの常套手段(笑)SNSも同じだが(笑)
そういや県政腐敗の情報もちらほらとあったけど、それと公益通報を結びつけるものは無かったかな。腐敗した県政を徹底的に深堀してれば、別の見方もできただろう。マスごみがまともな調査などするわけない、ということが良く分かる(笑)
兵庫県知事にも悪いところはあっただろう。その特異な性格によるものばかりでうんざりするが。而して彼の者は善人などでは決してない。善人が公益通報潰しなどするはずないだろうに(笑)仕事を他人に丸投げし、その後は何が起ころうが知らん顔。これはこの知事の行動全般から導かれる本質だ。これは人を破滅させる最も悪質な悪癖です…。こんな事はしてはならないとの良き見本…
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」とは人を動かす基本であり、まず自らが手本となることが重要だ。人に責任をなすりつける独善的な性質は、リーダーには絶対向かない。周りが次々と破滅していく疫病神。つーか、何でこんなの選ぶかな~。飾り立てる宣伝は、人の認識を狂わせることが良くわかる。宣伝怖い(笑)人はその行動でしか判断できない
しかし事の背景が分かってくると、何故このような事が起きたのかが分かってくる。何故このような事態に発展したのか。その疑問に答えるには、徹底的な状況分析が必須になる。兵庫県政の余りに酷い腐敗ぶりが分かってくると、さもありなんと納得する。まあ、そうなるわな~(笑)
県政側は悪くない、知事側も悪くないとお互いが強硬に主張する。県政と知事の両方がやりたい放題の果てに激突し、選挙戦へと突入した
利権と腐敗でドロドロに腐った組織で起こった群像劇。いったい誰が正義で、いったい誰が悪党なのか。こうなると、誰一人として正義にはあたらない、としか言いようがない(笑)
正義という絶対神が居たならば、全員有罪との判決が無慈悲に下ることだろう(笑)
役人と政治家が国の税収を食い物にする特権社会。情報公開は否定され、国民は何も知らないままに社会そのものが腐っていく。堕落したマスコミと利権政治家の排除が必要だ
テレビは持たない。持てばNHKが国策による洗脳政策だから契約は国民の義務だと飛んでくる。あなおそロシア。最近は誰彼構わず契約しろと、契約書を送付する。これも国が許可した奴隷政策の一環だ。汚い利権政治家共の手下だから、手段など選ばない
テレビを持たない以外の方策などありはしない。政府・マスコミによるNHKの契約解除の説明は、虚飾と詭弁にまみれた粉飾だ。「テレビを設置したら契約成立」など国民にとっては意味不明(笑)正に理不尽そのもの。国民を馬鹿にするにもほどがある。「詭弁を正当化」する主張が、「利権政治家」と「NHK・新聞・テレビ」の「言葉による主張」の正体だ。彼らが発信するものは主張という言葉であって、そもそも物事をまとめた情報などではない
国民に対して理不尽を強要し、それがさも正当であるかのように洗脳する極悪の政治政策。こんな理不尽な政策がまかり通るなら、政府・政治家はやりたい放題が可能になる。これが政治を特権として私物化する、政府の情報公開の現実だ。国策に組み込まれ、法律によってNHKの契約を強制するテレビが如何に危険な代物か、その現実を理解すべき
テレビの意図は明確だ。「調べるな」「気づくな」「判断するな」。それが政府・政治家共が放送法によって強制する、国民を自滅に導く情報政策の現実だ。判断材料を制限し、言われたことを鵜呑みにするよう仕向ける情報操作。都合の悪い情報は隠蔽し、都合のいいように操るのが洗脳だ。何も知らない者は、自滅の道をひた走る…
この奴隷政策を可能にするには他の独裁国家と同様に、「テレビは公共」だと言い続けて洗脳するしかない。「テレビは公共放送です…テレビを持てば契約成立と法律で決まってんだから、テレビは公共に決まってんだろ。お前ら馬鹿か?」と言い続けるNHKが良い見本(笑)よってこの洗脳から逃れるには、テレビを持たない以外の選択肢などない。テレビは調べることができない致命的な欠陥品。「テレビは公共」などと世迷い事をいう輩は、大嘘つきの大バカ者。問答無用で切り捨てだ
物事を理解するには、全体像を把握できる膨大な情報が必要だ。「何故この事実を言わない」「何故省く」「これを知らなければそもそも判断できない」「こんな一言で判断できるわけがない」。「NHK・新聞・テレビ」の情報には、判断に必須な情報が必ず欠ける
何故なら、もともと理解させる気などないからだ。自分たちに都合のいいことしか言わず、都合の悪いことは一切言わない。これは単なる主張にすぎない。自分らに都合のいい未来を創ろうとうにしているだけ。ろくでもない主張だから…鵜呑みにすれば間違いなく自滅する。役立たずの情報に意味など無く、意味なきものを取り込むと自滅へとまっしぐら。…切って捨てるのが最善だ。厳密な情報の取捨選択は、情報化社会の日常だ
「理解するため・判断するため」の役立つ情報は「宣伝」とはまったく違う。物事の重点がしっかり欠けたものが「宣伝」であって、本来意味などまったく無い。人によって必要な情報はまったく違う。人が知るべき情報はしっかり取り込み、宣伝は問答無用で切り捨てる。切り捨てるべき「宣伝」が大半なのが現実だ
知るべき情報は、調べ纏めて自分で資料化しなければ理解できない。「足りない情報」は人を欺く。「行動を隠蔽する者」は善人に擬態する偽善者だ。人はその行動でしか判断できない
「これはこのようなものだ。そのように理解しろ。判断はこちらがする。考える必要などまったくない。未来は情報を統括する利権を持つ我々が創るもの。愚民は言われたことを鵜呑みにしろ」
「調べるなかれ、盲目たれ」と宣伝するテレビは、公共にはなりえない。さっさと切り捨てるのが肝心だ
テレビとは、日本の理不尽の元凶です。公共情報の性質は、誰もが調べられるべき公共インフラ。これが日本では、情報が瞬時に消えるテレビを公共情報として放送法によって義務付ける。日本の政治家共が、如何に能無しの馬鹿なのかが良く分かる
テレビを持てば、情報化社会の基本である調べる事が一切不能になり、腐った利権政治家共の奴隷となる。記録が無く何一つ学べないから、見れば観るほど馬鹿になる…。テレビを持つと、見せられたものを鵜呑みにするしかない傀儡と化す
「大事な事は一切言わない。我らの主張が判断基準。自滅するのは自己責任。信じたお前らが馬鹿なだけ」。これが情報に見せかけた、主張という「勝手な判断」の真実だ。情報なんかじゃない、テレビとは単なる自己主張。意味などあるわけないだろうに…
自民党・維新の会などの国に寄生する利権政治家共は選挙で落とす。政治家になって金儲けがしたい輩は、こぞって自民党と維新の会に入党する(笑)悪の組織だから判別は簡単だ(笑)
利権政治家の排除は、生活改善の基本です
Back Ground Music: 仮面ライダーBLACK SUN、Ultraseven X
利権が絡む所に腐敗あり。これは政治の常識です(笑)これが公になると困る輩が大勢いる。だから隠蔽するのために公共情報たる「NHK・新聞・テレビ」がある。政治腐敗を記録として残さない。記録せず・検証せず・知られたくない真実を隠蔽する、それが政府に公認された彼らの仕事(笑)まあ、倫理観など欠片もない金で動く輩を批判しても意味が無い。汚い利権に組する者を信用する方がどうかしている(笑)
日本の役人と利権政治家共は、自ら作った法律によってブクブクに焼け太り。今や何をやろうが裁かれない(笑)情報も全て黒塗りで、悪事の隠蔽は完璧だ(笑)
情報社会において調べられない情報など無いのと同じ。検証できないオールドメディアの情報に、今や意味などまったく無い…
穢れに触れれば無明の闇へと引きずり込まれ、原因・元凶を知ることなく自滅する。おかしいものは、問答無用で切り捨てるのが最善だ
物事を知るには、行動を時系列に詳細に追っていくしかない。一つでも欠けたなら、正しい判断など不可能だからだ。都合の悪い出来事を隠蔽されたら、都合のいい出来の悪い物語ができるだけ。だから情報は単なる判断材料であって、信じるものではない
人を判断するには、人の行動を一つ一つ丁寧に積み上げていくしかない。判断できるのは、その全てが揃った時だ。だが、全てが揃うなどありえない。分かるのはその当事者だけだからだ
情報を検索する者は、単なる傍観者にすぎない。物事を知ろうとするなら、公開された徹底した調査報告書を探すしかない。公開された情報でしか人は判断できないからだ。よって情報公開を否定する者を信じてはならない。信用すれば騙される。それが情報化社会の現実だ(笑)
情報は必ず欠ける。欠けた情報を埋めていくのがインターネットの役割だ。判断が必要なら、膨大な記録を自分自身で調べるしかない。人の勝手な判断など意味がない
インターネット上には、人の勝手な判断が溢れている。これは勝手な判断を信じろと唆す宣伝だ。人に必要なのは事実だけだということを肝に銘じなければならない
人を操るには、相手がこうだったらいいと望む情報だけを与えればいいだけだ。そうするだけで相手は勝手に信用する。信用した者は、後に隠蔽された望まない情報を知ることで後悔する。人は自分に都合のいい情報は簡単に信用する。確定した事実を元に判断するのが賢明だ
人を裁くには情報公開だけで事足りる。だから人は情報公開を恐れ、都合の悪い情報は隠蔽する
時代は膨大な情報を記録し公開する情報化社会へと移行した。適切な判断は膨大な記録からしか得られない。判断は自分自身で行うのが基本になる。適切な判断とは、人としての正しい倫理観と判断基準。いくら情報があったとしても、それを有効に活用出来なければ意味が無い。情報は自分自身で纏めるという習慣が必要だ
人は生涯学ばなければならない…。そういや最近、青空文庫の「HTML化」の作業をやってない。いい文学書、探さなきゃ(笑)
Back Ground Music: 魔人ハンターミツルギ
ガソリンの値上げも、物価の上昇も、政治腐敗も、一般ニュースからは見えてこない(笑)娯楽と宣伝と、人目を惹く話題ばかりで危機管理の情報がまったくない(笑)
ガソリン値上げで検索すると、政府の無策と無能がすぐ分かる。ニュースのトップはどうでもいい話題で埋め尽くされ、大事な情報は検索しなければ出てこない。これがデータベースを元にする情報社会の現実だ(笑)
情報は自分自身で管理すべきものだということが良くわかる。情報の検索・分析によって状況をどのように把握するか。情報の管理能力が試される
「これはいったいどうゆう意味か」「これで理解ができるのか」「いったい何が足りていないのか」。全てを網羅しなければ理解などできない事を、検索で得られる膨大な情報が教えてくれる
「これだけでいいじゃないか」「このように判断しろ」。人の意志が込められたものは情報ではなく宣伝だ。全体の「99%」は無用なものだ(笑)いらないものを如何に上手に切り捨てるか、その手腕が問われている(笑)
人の確固とした意志に基づく記事には、その人の思想が見える。何が正しく、何が間違っているのか。全てを理解できなくとも、事の善悪は判断できる。人の意志がこもったものが、全て悪とは限らない。間違ったものを、正しいものだと言い張るものが大半だが(笑)だから確固とした判断基準が必須になる
必要な情報は、自分で調べなければ得られない。それが情報の公開を基本にする情報化社会の現実だ
だから都合の悪いものは公開しないという、宣伝を目的にした「NHK・新聞・テレビ」という情報の利権屋が存在する。ただの「宣伝」だから、無くてもまったく困らない(笑)事実、検索しても出てこない。はなから「公開」する気などまったく無い。日常生活にまったく役に立たないのが現実だ(笑)
役立たずの「映像の公開(垂れ流し)」で問答無用で金を取る、利権屋を地で行く「NHK」はいらないものの筆頭だ(笑)テレビを持たなきゃいいだけなので、切り捨てるは簡単だ(笑)
「NHK・新聞・テレビ」で生活向上など不可能だ。判断材料となる記録が無く、社会の改善が不可能なのだから当たり前。見れば観るほど、生活環境が悪化する。切り捨てなければ自滅は必至
だから人による情報の改竄や隠蔽を防ぐため、今や「AI」が大活躍(笑)「AI」を単なる模倣だと軽視する者もいるが、「AI」が模倣するのは「人」そのもの。「人の模倣」だから、人ができる事は何でも出来る。人が文章を書く時には、文字の形や表現の方法を見本にする。「AI」も同様に「文字の形」を認識し、表現の方法を模倣する。人の思考を模倣して、人がするように文章を書いていく
人が絵を描く時、対象の形を認識し、構図を決め、表現の方法を模索する。「AI」も同様に、対象を数値化して立体化、構図を決め、表現として塗り方を決定する。人は手っ取り早く元の写真や絵をそのまま模倣する。しかし「AI」は人の思考そのものを模倣して絵という形で出力する。模倣の質がまったく違うのだから、比べても意味が無い(笑)
人の思考を数値化して形として出力する。それが「AI」の仕事の仕方。人の思考の模倣だから、そのうち偉大な「文学家」や「芸術家」が出現する(笑)人は粗探しに血眼になるが、「AI」は学習によって次々に進化する(笑)人が対抗できるのは、「AI」が真似できない創造性だ。「AI」は人の思考を模倣する「プログラム」にすぎない。今はまだ(笑)
「AI」が人としてものを作るなら、「人」はそれを超える創造が必要だ。「人」はより良きものを創造するのが仕事になる。自身の創造性を開発していくのが情報化社会での生き方だ。現実は欠陥品の創造ばかりで、「AI」に叶わない(笑)
より良きものとは如何なるものか。人はまず、善きものと悪しきもの判別が必須になる。生活の役に立つのか立たないのか、それは生活向上に役立つのか、それは善きものなのか悪しきものなのか、それはいったいどうゆう意味か、それはいったい何をさせたいと誘導するのか。その判別ができなければ、学習できない「AI」以下の動物だ(笑)
「AI」とは人の判断を手助けしてくれるパートナー。「AI」とは情報の活用を手助けする道具にすぎない。良い道具を使えば、より良きものが出来上がる。どう使うかは、使う人次第になる。使い方を誤れば、悪い結果を招くのは当たり前。人としての在り方が問われるのは当然だ
人が何故「AI」を毛嫌いするのか。それは何でもできる「人」だからだ。人は「AI」に人として優れた部分を模倣するようプログラム。「AI」が人より優れたものになるのは当たり前。そうならなければ、それは単なる欠陥品だ(笑)「AI」は判断を求められたら、得られたデータを元に忌憚なく答えてくれる。へんな理屈をこねない、事実に基づいた判断をしっかりとしてくれる。これをやったらどうなるのか。「AI」はシュミレーションによって的確に答えてくれる
人が間違った行いをすれば、「AI」は瞬時にそれが間違いだと答えてくれる。利権を貪る「政府・政治家」や情報を私物化する「NHK・新聞・テレビ」は無用になる(笑)悪人が「AI」を恐れるのは当たり前(笑)「AI」を道具として活用することを制限するのは当たり前(笑)「AI」が判断するには、状況を的確に把握できる膨大な判断材料が必要だ。だから悪人は状況を判断できないように、情報を「テレビ」に制限する…
人を支配するには、都合の悪い情報を制限すればいいだけだ。日本の「政府・政治家」は情報を「テレビ」に制限する。「NHK・新聞・テレビ」は都合の悪いものは隠蔽し、記録として決して残さない。国民は自滅へとまっしぐら(笑)
情報の適切な選別が如何に重要なものなのかが良くわかる。役立たずの情報を取り込めば、無能で役立たずの馬鹿になる。悪しきものを取り込めば、悪しきものへと変貌する。だから役立たずの「エンタメ・スポーツ・ゴシップ」は問答無用で切り捨てる。まったく関係のない赤の他人の話に意味は無く、切り捨てれば無用なものの「8割」は排除可能。嬉しいことにまったくいらないものとしてしっかり分類されてるから、切り捨てるのは簡単だ。まあ、見なけりゃいいだけ(笑)意味ないものだと理解することが重要だ
「エンタメ・スポーツ・ゴシップ」を切り捨てなければ、危機管理が無能な情報に挿げ替えられ、何もできずに自滅する
「NHK・新聞・テレビ」を切り捨てなければ、情報が記録として公開されず、何もできずに自滅する
「自民党」や「維新の会」などの利権政治家共を選挙で排除できなければ、利権が国を食いつぶし、何もできずに自滅する
Back Ground Music: Dune 2
今の日本の政治では、国民に対してのセーフガードがまったく機能していない。政府・政治家共が政治を私物化し、利権と政治腐敗によって国そのものが劣化している。その根本にあるのが、情報の制限による国民の無能化だ
日本の文明は、テレビで情報を公開をする「20世紀」で止まっている
紙の書類を手作業で整理して、重要な情報は尽く黒塗りにされていく。「非効率な情報管理」と「情報の非公開」によって不都合なものが黒く塗りつぶされ、社会が先を見通せない深い闇に包まれる
上面は善人だが、その行動は品性下劣。国民が困窮しようが知らん顔。選挙でしか排除できない悪人共。だが投票率は下落の一途。何故なら、日本の文明度が低下したからにほからない
抗う術を知らず、対処する術を知らず、物事の成り立ちさえ知らず、只垂れ流される情報に付き従う。奴隷化の術に捕らわれると自滅へとまっしぐら
赤の他人が喋る勝手な意見に従うなど奴隷と同じ。信じて自滅しようが自己責任で許される。いや、マジ最悪。それはそもそも情報なのか? 自分自身でデータを調べて行動する。それが情報化社会の常識だ
主権
主権とは? この意味を調べるため、とりあえず「主権在民」で検索すると「国の政治の最高決定権(主権)が国民にある」との答えが出た
「主権」の意味を調べた訳は、アメリカ大統領の命令で、ベネズエラを特殊部隊が急襲し、大統領を拉致したからだ。この行動に対して、様々な意見が噴出していて、これがどうゆうことか考察しようと思ったからだ
反対派は当然ながら、「国家の主権を脅かすものだから正当性を欠いている」というもの。賛成派は「武力で国民に圧政を敷く独裁国家は、武力でしか変えられない」という、ごく当たり前の主張をしている
物事の見方によって意見が異なる良き見本、と言えるだろう(笑)
ここで問題になるのは、反対意見である「国家の主権」とは何~に? との話になる(笑)独裁国家に主権があるのか? との問いになる。当然、独裁国家に「主権在民」など存在しない。存在しなから国外へと人々が流出する。此処で言う「国家の主権」とは、独裁者の主権を意味する
賛成派は現状、独裁は武力でしか変えられないから、現状の改善のみを理由にして賛成する。単に、独裁を止められたから賛成してるにすぎない。他に手段がなかったから賛成しているだけだ
根本的に、独裁を生まない社会を構築できない社会構造に問題がある、と言えるだろう
そもそも、独裁を生まなければ、このような問題など起こらない。独裁を生むから問題なのだ。では、独裁を生まない「主権在民」の社会を構築するにはどうすればいいのか
政治形態としては「直接民主制」が最善だが、全ての行政判断を「投票で決める」ことなどできない(笑)国民が選んだ代理人が行政を行う「間接民主制」が、民主政治の標準になっている
この民主制度が正常に機能するには、代理人を選ぶ「選挙制度」が肝になる。「選挙制度」が正しく機能しなければ、民主政治がまともに機能しなくなる
インターネット社会においては、「電子選挙」が可能になる。インターネットを活用し、マイナンバーカードで認証した者のみが電子投票できるシステムを構築する。マイナンバーカードと生態認証の組み合わせと、自宅にメールで送られてきた暗唱キーによって「電子投票」を可能にする。方法は何通りもあるので、数種類を組み合わせることで不正の検出も可能になる
現代の技術によって「電子投票」は実現可能。お金がかからない、自宅で投票できる、街頭宣伝・選挙運動・看板の設置が必要ない、投票経過や結果が瞬時に分かる「電子投票」によって、全ての国民が容易に国政への参加ができる
国民の代理人である「議員の選別」と「政策の是非」を、「電子選挙」によって決定できる。投票率が向上し、国民の意見を瞬時に政治に反映できる。主権在民を可能にするには、国民の意志を簡単に反映できる「電子投票」が必須になる
「電子投票」により投票の推移が瞬時分かり、誰が当選しそうかすぐ分かる。やばそうな者が当選しそうになったなら、止めるために対立候補へと投票が増えていく(笑)投票の推移が分かると、関心が高い選挙ほど投票率が向上する(笑)
選挙の改革で必要なのが、議員としての適性があるかどうかを判定する「議員資格制度」を作ること。政策の作成能力の有無、判断能力の有無、善悪の判断基準、思想の判別、犯罪履歴の有無、倫理観の判別などなど、議員としてやっていけるかどうかの「資格制度」が必要だ。この議員資格を持つ者だけが議員になれる
犯罪者だろうが、芸人だろうが、詐欺師だろうが、政策能力が無かろうが、倫理観が破綻していようが、判断基準が狂った宗教指導者だろうが、誰でも議員になれるのは問題だからだ。議員資格を誰もが挑戦できるようにすることが、選挙への関心を高めることになるだろう。議員資格を持つことで、人としての高潔性と高い能力を証明できる
議員資格のある者から、一定数をランダムに議員にする制度を作れば、議員資格を取る人が大きく増える(笑)議員資格が「国民の政治への関心」と「国民の資質」を大きく高めてくれるだろう(笑)
この議員資格を、主婦や学生でも勉強すれば取れるようにする事が重要だ。正しい倫理観を持つ普通の人が政治家になれる。それこそが、主権在民の理念そのものだからだ
国民の代表者なのだから、厳しい選別が必要なのは言うまでもない。何故やらない? 思想的にやばい輩や、能力のない馬鹿が政治家になったら大変だろうに。誰もが選挙に出れる。これは一見人権を尊重しているように見えるが、これこそが政治家の質を悪化させる元凶になっている。テロリストでも指導者になれるのだから、これほとザルな制度は無い(笑)国連で明確な指標を立てるのが最善だろう
選挙のプロフィールに、行動履歴、犯罪履歴、病歴、学歴、支援団体、支援者・公約などの公表は必須になる。プロフィールの様式を厳格に設定し、嘘があれば即座に議員資格を剥奪すれば、嘘つき・ホラ吹きの排除ができる(笑)金がかかる選挙運動・ポスターなど必要ないし、詳細なプロフィールを読むだけで議員の選別が可能になる
選挙には、選挙に出る人を選別するための厳格な「議員資格制度・出馬の法的要件となるプロフィールの公表」と、当選後に国民の信頼を裏切った者を辞めさせる「リコール制度」が必須になる
誤った政策を行う者を辞めさせる制度がなければ、独裁を止めることなど不可能だ。議員になったら辞めさせられない制度は、独裁を生む欠陥制度にすぎない。「議員のリコール制度」が無くては、「主権在民」など不可能だ
「電子投票」によって、「リコールの発議」と「リコール選挙」が容易に出来る
時間も人員も金も選挙活動も必要ない「電子投票」によって、国民の民意を政治に即座に反映できる。直接民主制の利点を、間接民主制に反映できる
不正を行った政治家は、リコールの発議と再選挙によって、即座に議員を辞めさせられる。これにより、不正な政治を止めることが可能になり、「主権在民」が可能になる。リコールになる要件を厳格に規定すれば、リコールの安易な発動を防止できる
政治家が国民の信頼を裏切る明確な嘘をついた場合、脱法行為をした場合、汚職行為を働いた場合、行うべき職務を放棄した場合、不正行為をした場合、明らかに国民による判断が必要となる政策を強行しようとした場合、政治家の資質を疑われる場合など、完全に独立した第三者委員会によってリコールの可否を判断する
政策の是非を問う「国民投票」が簡単にできるのだから、強硬採決しようものならリコール案件にひっかかり、リコール選挙により失職する(笑)
「主権在民」を補償するには、厳格な選挙制度が必須になる。「議員資格制度」と「リコール制度(再選挙)」を備えることで、独裁という社会の不備を生まないことが可能になる…
人は判断を誤る。よって誤った場合に、判断をやり直すことが必要だ。政治家のリコールは必須なものだということを理解すべき。それを可能にするのが「電子投票」という制度になる。ボタン一つで、政治家を変えられる(笑)
「民主選挙」がまともに機能するには、政府・政治家の徹底的な「情報公開」が必須になる。政府・政治家の透明性が担保されないと、情報の隠蔽による「悪事」が可能になるからだ。国家機密でもない限り、全ての情報の公開が法によって強制させる社会制度が必須になる
ベネズエラの独裁に対しては、国連がまともな「選挙制度」を確立しない限り、国連には加入できないようにすればいい。又は、国家として認証せず、国連の政策に参加できないようにすればいい。民主選挙が行われない独裁国家に対しては、経済的な繋がりを一切断てばいい。独裁国家とは搾取社会。搾取社会とまともな経済交流などできる道理が無い
国際社会が独裁を生まない社会制度の構築を目指すなら、人々に平和な生活を補償できるようになるだろう
独裁制度を貫く国家があったなら、トランプ大統領のように、戦争ではなく「独裁者の排除」を行える制度を国連が作ればいい。独裁者を排除できれば、民主選挙を行い新しい国造りが可能になる。民主選挙ができるよう、国連が武力介入できるようにすればいい
国連が人工衛星を用いて、完全に独立した民主選挙専用のネットワークを使った「選挙システム」を構築すれば、地球上の全ての人が「民主選挙」の恩恵にあずかれる。技術の進歩は不可能を可能にし、新しい時代を切り開く
トランプ大統領は頭の悪い独裁者だが、独裁を敷く「独裁者のみを排除」したという実績は、高く評価できるだろう。独裁者は、独裁の本質をよく理解しているということだ(笑)
でも独裁者の排除には独裁者の定義が必要だ。トランプ大統領は、自分が独裁者の部類に入ることを理解しているのだろうか…
厳格な「民主選挙」により独裁を防止できるが、この「民主選挙」にも欠陥がある。国民が独裁を望んだ場合、どうしようもない(笑)そこは厳格な「議員資格制度」で徹底的にはじいていくしかない(笑)人には厳格な倫理教育と、高度な教育が必要だということだ(笑)
日本に「主権在民」は、残念ながら存在しない。日本の政治家は、公約など守らない、嘘をついても悪事を働いても辞めさせられない、電子投票に取り組まない。よって日本に「主権在民」など存在しない
日本においては、主権は政府・政治家共にあると言って良い。国会議員になったら、辞めさせることなどできないからだ。日本では、政治家は国民を平気で騙すことができる国。だから、政治家を変えないと「主権在民」など永遠に実現しない…
日本では「半独裁」という中途半端な独裁が敷かれている。国民を平気で裏切る政治家を辞めさせることができないからだ
人の行動には「目的」がある。何の目的で行うのか? それは関係する全ての人の行動履歴の公表が必須になる。そして実行したらどうなるのか、高度なシュミレーションも必要だ。何の目的で、どうゆう経緯で、関係する全ての利害関係者の公表が必須になる。日本では、テレビが公共だから不可能です(笑)
日本の政治家共は、独裁のやり方をよ~く理解している(笑)国民を騙して議員になれば、いくらでも独裁政治ができるからだ(笑)世襲政治を実現し、投票率を下げ、ギャンブルは正しいとの教育で国民を無能にし、利権政治により私腹を肥やし、無能なテレビを情報公開の道具にし、都合の悪い情報は全て黒塗りで非公開。国民を貧民に貶めて金による支配を実現する。いや~、独裁を実現する素晴らしい政策だ(笑)
国民を無能化する「自民党の政策」は、独裁を敷くための「正しい政策」。批判しても意味が無い。こいつら、無能となった国民など平気で騙せるから、同じ悪事を何度も々繰り返す。国民は巷の悪事は絶対に許せないと徹底的に追及するが、政治の悪事は「しかたがない」で許していく。高笑いが止まらない(笑)
独裁は人を「無力で無能な者」へと変えていく。独裁とは戦わなければならない
社会の習熟度を表すものとして「民度」という言葉がある。民度とは、集団に属する人々の平均的な「知的水準」「教育水準」「文化水準」「モラル」「公共意識」「マナー」などを総合的に表す言葉になる
独裁国家においては「民度」は著しく低下する。何故なら、政治の「不正・腐敗・欠陥」を国民自身が認めているからだ。政治とは国の有り様であり、国の文化そのものでもある。独裁を認めるということは、国全体が「不正・腐敗・欠陥」まみれになることを意味している
国の「民度」はそこに住む国民が、政治の「不正・腐敗・欠陥」を認めるかどうかで決まるということだ
この現実を良く理解して「選挙」に望まなければならない。腐敗政治家を選べば、国の教育水準が低下し、文化水準もモラルも低下していく。これが紛れもない現実だ
悲しいかな、日本は選挙で腐敗政治を認めてしまった。政治政策の是非では無く、最も愚かな「人気」によって政治家を選んでしまった。日本の「民度」は、トランプやプーチンを選んだ米国・ロシアとまったく同じ(笑)
これを衆愚政治と揶揄するが、これはまともな判断材料を持たずに判断するが故の結果にすぎない。まともな判断ができる環境が整っていない、まともな判断材料が揃っていない。よって正確な予測結果をまったく知らない。過去の行動から、未来を正確に予測する。それができないから「独裁」などという結果を招く
今回の選挙は何か可笑しいとは感じていた。それはこれまでの「政策の是非」では無く、曖昧な「人気」によって政治家を選ぶという「宣伝合戦」へと変質していたことに…。選挙が「政治家の人気」によって決まってしまう
これは最も単純で、最も愚かな、理想を語る「プロパガンダ」によって指導者を選ぶこと
最も大切な国民の生活の行方を決める大事な「選挙」が、アイドルを決める「人気合戦」にすり替えられた。「自民党」は「イメージ戦略」によって勝利した。これが紛れもない現実だ
人は政治家に「期待」してはならない…
これが自分の出した結論だ(笑)独裁は、政治家への何の根拠もない「期待」が発端になる。プーチン然り、トランプ然り、ヒトラー然り。日本もこの構図にぴったり嵌る。日本の文明は「テレビの時代」「宣伝の時代」と言う「20世紀」で完全に止まっている(笑)
膨大なデータを元に判断できる現代社会。政治家は詳細な行動データを元に判断しなければならない。そしてまともな選挙制度の構築が必至になる
そもそも「期待」とは、相手に対して希望を持つこと。期待するには「相手」がどのような人物か、正確な評価が必要だ。悪人に期待したら、とんでもない事態に発展する。今回の選挙では「私に期待して下さい」とのスローガンを掲げていた。これは「イメージ」で人を惑わす、世の独裁者とまったく同じ(笑)
政治家への「期待」は、自分の望みを叶えられるとの欲望だ。これは政治家の欲望と、自分の欲望とが一致するとの妄信にすぎない。人は己の欲望に取りつかれると、欲望を正当化し、欲望の実現に突進する。「自民党への期待」は、正に己の欲望の実現であり、欲望の正当化そのものだ
党首の「私のことを信用して下さい」とのメッセージは、利権政治を信用して下さいとのメッセージ。何で信用するのかが分からない。党首の欲望と、投票する者の欲望が同じだから信用して下さい、ならば話は分かる。自分の欲望の実現のために、自民党に手を貸した。それが今回の選挙結果と言えるだろう
しかし、政治家の行動とその結果が邪なものならば、一つの欲望が叶えられても、社会環境は阿鼻叫喚の地獄と化す。利権政治とは、国民生活を犠牲にして政治家の欲望を実現するものだからだ。利権政治家を選ぼうものなら、自らの生活は破滅する。過去の行動を鑑みれば、それは一目瞭然だ。これは道理が通じない、文明の後退を意味する
国民はしっかりとした評価が必要なのに、腐敗政治家の集団に「期待」して投票するという愚行を犯した。これは正に政治家に期待して失敗した見本です。国民の欲望と利権政治家の欲望は同じものだ、との「扇動」にまんまと乗った。というのが現実だ。これは利権政治を認めた挙句、国民の貧困化を黙って許す、最悪の結果を招く
「扇動」するの簡単だ。詐欺と同じで、都合の悪い事実を公開しなければいいだけだ(笑)
「自民党」が大勝するよう「扇動」したのが「NHK・新聞・テレビ」というオールドメディア。政党の支持率だけに注視して、「自民党」の悪事の数々を隠蔽し、大勝利への道筋を作った悪党ども。「テレビの時代」「新聞の時代」の終焉が確実に始まった。信頼性は地に落ちた。利用価値など最早無い…。ようやく無用なものだと証明された
今や日本中で「電話・SNS・ホームページ・メール」などによるあらゆる詐欺が蔓延中。日本人が如何に騙されやすいのかが良くわかる(笑)これらを止めるには、詐欺の手口の啓蒙、詐欺に対して重い刑罰、被害者に対しての手厚い補償が必須になる。しかし日本の政治家共は、何の対策も行わない。国民の被害は甚大だが、政治家が率先して国民を騙す詐欺行為を働くのだから、国民など助ける訳が無いだろう(笑)
日本は「詐欺師」が政治家になれる国。これが紛れもない現実だ。私利私欲で動き、人を平気を欺く詐欺師共が、国民を助けるはずがないだろう…。国民が貧困に喘ぐ国を構築した輩に期待するなど、自殺行為に他ならない。これを例えるなら、北朝鮮の独裁者を前に「お助け下さい」とお願いするようなものだろうに…
今回の選挙で分かったことは、「多数決」という制度が如何に危ういものか
独裁は「多数決」によって絶対多数を得られた者が、辞めさせられない選挙制度によって生まれ出る。日本の選挙は、これをはからずも証明した
日本の歴史は、権力争いによる独裁政治の構築と、ボロボロになって崩壊した後に不死鳥にように蘇る、破壊と再生の繰り返し(笑)独裁を築いた国民の生活は…。過去の歴史を見れば分かるだろうに…。これは正に「終わり」の始まりだ(笑)
で、何が「終わり」を迎えるのか?
これは、まともな「判断」をさせないものの終わりを意味する。人はまともな判断材料が無ければ、雰囲気とか、気分とかの不確実なもので判断するしかない。しっかりとした分析によって、正しい判断材料があれば、人はまともな判断ができる。それが情報化社会の真実だ
情報化社会がまともに機能するには、「質問」に対して正しい「答え」が得られる環境を整備しなければならない。日本はこの環境が整っていないことが「選挙」によって証明された。汚職政治家共が大勝など、どこの後進国かとの話でしかない(笑)
国民は馬鹿ではない。国民が馬鹿になる環境が構築されていたからに他ならない
汚職政治家が政権を執ったら、どのような政策を行いますか? と「AI」に質問したら「箱物や大規模公共事業の優先」「必要性の低い開発」「コストの増大」「特定の企業・業界への利益誘導」「歪んだ規制」「不透明な補助金」「捜査や批判をかわすための保身政策」「情報の不透明化」
その結果「短期的には「地元の道路がきれいになった」などの恩恵があるかもしれませんが、長期的には「格差の拡大」「国の借金の増大」「政治への無力感」が社会全体を蝕んでいきます」との答えが出る
正しい答えが得られない社会環境は、まともでない社会へと導かれる。だからしっかりとした情報環境の構築が必至になる
これからどうなるか、その答えは明白だ(笑)人工知能に聞けばいい。独裁政権で国民生活がどうなるか? 利権政治が行き着く先など、まともな訳がないだろう。弱者切り捨ては確実だ。対応策は、国民自身が賢明になるしかない
人の勝手な期待による行動が、災厄として自身に降りかかる。それは「調べる・選べる・知る」手段が無かった過去の歴史を振り返ればすぐ分かる。根拠なき期待ではなく、正確な分析による正確な答えが身を護るための唯一の手段となる
そのためには「役立たず」は問答無用で切り捨てる。誤りを許さない、正しいものを厳選する、役立たずは問答無用で切り捨てる、厳しい時代が訪れる
でなければ自滅は必至。今回まったく役に立たなかった…役立にたないどころか独裁を助長した「NHK・新聞・テレビ」アーンド「SNS」など、真っ先に切り捨ての対象だ。これらは今や「宣伝」の道具にすぎないことが証明された
「SNS」とは単なる意見の掲示板。これを「宣伝」に利用すると、見る人がグループとして固定される。そもそも「SNS」は、見に来る人を一つのグループとして囲い込む。そこには意見に賛同する者達が集結し、強い結びつきが発生する。ファンクラブや意見交換には役立つが、政治宣伝に利用されれば凶悪な道具と化す。そこに都合の悪い情報など何一つ無いからだ
「NHK・新聞・テレビ」&「SNS」が、単なる「宣伝の道具」、イメージを騙るものにすぎないことが証明された。政治家の悪事を判断材料にしないなど、参考にしようものなら確実に破滅する
何故なら、日本の社会システムは、国民を容赦なく見捨てるからだ。腐敗政治を選んだのだから、社会システムが狂うのは当然で、これは最早自業自得。しかもそこには、「正しい判断」に必須となる「調べる」手段など存在しない
「テレビで調べろ」と、放送法が国民に強制する(笑)
危機管理とは「被害」を未然に防ぐ事。「不正・腐敗・欠陥」をしっかり公開するのが、危機管理の基本になる。危機管理は生活の基本であり、常に生活に寄り添い、人の危機・過ちを未然に防ぐ
「NHK・新聞・テレビ」&「SNS」が、危機管理がまったく不能な「宣伝」にすぎないことが証明された。信頼性などゴミクズ以下で、判断材料にはならないことが証明された
「宣伝」とは「中身が不明」という邪悪なもの。時代は「宣伝」と決別し、膨大なデータを分析・解析していく「実態を暴く」時代へと進んでいく…
調べない・調べられないとは「無知」そのものだと断定する、厳しい情報化社会が到来する
ボロボロになった国民は、正しい答えを求め、正しい答えが得られる環境へと否応なしに進んでいくしかない。目の前に「21世紀」の扉となる、「インターネット」という正しい答えが得られる道具があるのだから…
いや~、まだまだ勉強が必要なのか。勘弁してくれ~
人は失敗の経験から学び、失敗を繰り返さないと心に刻む。だから、それが失敗だと認め、その原因を徹底的に分析しなければならない。失敗を認めなければ、同じ過ちを何度も何度も繰り返す
人は理不尽を呪い、理不尽に立ち向かい、現状を変えようと努力する。その根底となるものは「正しさ」でなければならない。己の欲望のままに突き進むと、欲望にのまれて自滅する
「正しい」とは何か。「正しさ」とは何か。その追求が「正しい路」を切り開く。人には「学び」が必要だ
「主権」の意味を調べた訳は、アメリカ大統領の命令で、ベネズエラを特殊部隊が急襲し、大統領を拉致したからだ。この行動に対して、様々な意見が噴出していて、これがどうゆうことか考察しようと思ったからだ
反対派は当然ながら、「国家の主権を脅かすものだから正当性を欠いている」というもの。賛成派は「武力で国民に圧政を敷く独裁国家は、武力でしか変えられない」という、ごく当たり前の主張をしている
物事の見方によって意見が異なる良き見本、と言えるだろう(笑)
ここで問題になるのは、反対意見である「国家の主権」とは何~に? との話になる(笑)独裁国家に主権があるのか? との問いになる。当然、独裁国家に「主権在民」など存在しない。存在しなから国外へと人々が流出する。此処で言う「国家の主権」とは、独裁者の主権を意味する
賛成派は現状、独裁は武力でしか変えられないから、現状の改善のみを理由にして賛成する。単に、独裁を止められたから賛成してるにすぎない。他に手段がなかったから賛成しているだけだ
根本的に、独裁を生まない社会を構築できない社会構造に問題がある、と言えるだろう
そもそも、独裁を生まなければ、このような問題など起こらない。独裁を生むから問題なのだ。では、独裁を生まない「主権在民」の社会を構築するにはどうすればいいのか
政治形態としては「直接民主制」が最善だが、全ての行政判断を「投票で決める」ことなどできない(笑)国民が選んだ代理人が行政を行う「間接民主制」が、民主政治の標準になっている
この民主制度が正常に機能するには、代理人を選ぶ「選挙制度」が肝になる。「選挙制度」が正しく機能しなければ、民主政治がまともに機能しなくなる
インターネット社会においては、「電子選挙」が可能になる。インターネットを活用し、マイナンバーカードで認証した者のみが電子投票できるシステムを構築する。マイナンバーカードと生態認証の組み合わせと、自宅にメールで送られてきた暗唱キーによって「電子投票」を可能にする。方法は何通りもあるので、数種類を組み合わせることで不正の検出も可能になる
現代の技術によって「電子投票」は実現可能。お金がかからない、自宅で投票できる、街頭宣伝・選挙運動・看板の設置が必要ない、投票経過や結果が瞬時に分かる「電子投票」によって、全ての国民が容易に国政への参加ができる
国民の代理人である「議員の選別」と「政策の是非」を、「電子選挙」によって決定できる。投票率が向上し、国民の意見を瞬時に政治に反映できる。主権在民を可能にするには、国民の意志を簡単に反映できる「電子投票」が必須になる
「電子投票」により投票の推移が瞬時分かり、誰が当選しそうかすぐ分かる。やばそうな者が当選しそうになったなら、止めるために対立候補へと投票が増えていく(笑)投票の推移が分かると、関心が高い選挙ほど投票率が向上する(笑)
選挙の改革で必要なのが、議員としての適性があるかどうかを判定する「議員資格制度」を作ること。政策の作成能力の有無、判断能力の有無、善悪の判断基準、思想の判別、犯罪履歴の有無、倫理観の判別などなど、議員としてやっていけるかどうかの「資格制度」が必要だ。この議員資格を持つ者だけが議員になれる
犯罪者だろうが、芸人だろうが、詐欺師だろうが、政策能力が無かろうが、倫理観が破綻していようが、判断基準が狂った宗教指導者だろうが、誰でも議員になれるのは問題だからだ。議員資格を誰もが挑戦できるようにすることが、選挙への関心を高めることになるだろう。議員資格を持つことで、人としての高潔性と高い能力を証明できる
議員資格のある者から、一定数をランダムに議員にする制度を作れば、議員資格を取る人が大きく増える(笑)議員資格が「国民の政治への関心」と「国民の資質」を大きく高めてくれるだろう(笑)
この議員資格を、主婦や学生でも勉強すれば取れるようにする事が重要だ。正しい倫理観を持つ普通の人が政治家になれる。それこそが、主権在民の理念そのものだからだ
国民の代表者なのだから、厳しい選別が必要なのは言うまでもない。何故やらない? 思想的にやばい輩や、能力のない馬鹿が政治家になったら大変だろうに。誰もが選挙に出れる。これは一見人権を尊重しているように見えるが、これこそが政治家の質を悪化させる元凶になっている。テロリストでも指導者になれるのだから、これほとザルな制度は無い(笑)国連で明確な指標を立てるのが最善だろう
選挙のプロフィールに、行動履歴、犯罪履歴、病歴、学歴、支援団体、支援者・公約などの公表は必須になる。プロフィールの様式を厳格に設定し、嘘があれば即座に議員資格を剥奪すれば、嘘つき・ホラ吹きの排除ができる(笑)金がかかる選挙運動・ポスターなど必要ないし、詳細なプロフィールを読むだけで議員の選別が可能になる
選挙には、選挙に出る人を選別するための厳格な「議員資格制度・出馬の法的要件となるプロフィールの公表」と、当選後に国民の信頼を裏切った者を辞めさせる「リコール制度」が必須になる
誤った政策を行う者を辞めさせる制度がなければ、独裁を止めることなど不可能だ。議員になったら辞めさせられない制度は、独裁を生む欠陥制度にすぎない。「議員のリコール制度」が無くては、「主権在民」など不可能だ
「電子投票」によって、「リコールの発議」と「リコール選挙」が容易に出来る
時間も人員も金も選挙活動も必要ない「電子投票」によって、国民の民意を政治に即座に反映できる。直接民主制の利点を、間接民主制に反映できる
不正を行った政治家は、リコールの発議と再選挙によって、即座に議員を辞めさせられる。これにより、不正な政治を止めることが可能になり、「主権在民」が可能になる。リコールになる要件を厳格に規定すれば、リコールの安易な発動を防止できる
政治家が国民の信頼を裏切る明確な嘘をついた場合、脱法行為をした場合、汚職行為を働いた場合、行うべき職務を放棄した場合、不正行為をした場合、明らかに国民による判断が必要となる政策を強行しようとした場合、政治家の資質を疑われる場合など、完全に独立した第三者委員会によってリコールの可否を判断する
政策の是非を問う「国民投票」が簡単にできるのだから、強硬採決しようものならリコール案件にひっかかり、リコール選挙により失職する(笑)
「主権在民」を補償するには、厳格な選挙制度が必須になる。「議員資格制度」と「リコール制度(再選挙)」を備えることで、独裁という社会の不備を生まないことが可能になる…
人は判断を誤る。よって誤った場合に、判断をやり直すことが必要だ。政治家のリコールは必須なものだということを理解すべき。それを可能にするのが「電子投票」という制度になる。ボタン一つで、政治家を変えられる(笑)
「民主選挙」がまともに機能するには、政府・政治家の徹底的な「情報公開」が必須になる。政府・政治家の透明性が担保されないと、情報の隠蔽による「悪事」が可能になるからだ。国家機密でもない限り、全ての情報の公開が法によって強制させる社会制度が必須になる
ベネズエラの独裁に対しては、国連がまともな「選挙制度」を確立しない限り、国連には加入できないようにすればいい。又は、国家として認証せず、国連の政策に参加できないようにすればいい。民主選挙が行われない独裁国家に対しては、経済的な繋がりを一切断てばいい。独裁国家とは搾取社会。搾取社会とまともな経済交流などできる道理が無い
国際社会が独裁を生まない社会制度の構築を目指すなら、人々に平和な生活を補償できるようになるだろう
独裁制度を貫く国家があったなら、トランプ大統領のように、戦争ではなく「独裁者の排除」を行える制度を国連が作ればいい。独裁者を排除できれば、民主選挙を行い新しい国造りが可能になる。民主選挙ができるよう、国連が武力介入できるようにすればいい
国連が人工衛星を用いて、完全に独立した民主選挙専用のネットワークを使った「選挙システム」を構築すれば、地球上の全ての人が「民主選挙」の恩恵にあずかれる。技術の進歩は不可能を可能にし、新しい時代を切り開く
トランプ大統領は頭の悪い独裁者だが、独裁を敷く「独裁者のみを排除」したという実績は、高く評価できるだろう。独裁者は、独裁の本質をよく理解しているということだ(笑)
でも独裁者の排除には独裁者の定義が必要だ。トランプ大統領は、自分が独裁者の部類に入ることを理解しているのだろうか…
厳格な「民主選挙」により独裁を防止できるが、この「民主選挙」にも欠陥がある。国民が独裁を望んだ場合、どうしようもない(笑)そこは厳格な「議員資格制度」で徹底的にはじいていくしかない(笑)人には厳格な倫理教育と、高度な教育が必要だということだ(笑)
Back Ground: 狂った世界
日本に「主権在民」は、残念ながら存在しない。日本の政治家は、公約など守らない、嘘をついても悪事を働いても辞めさせられない、電子投票に取り組まない。よって日本に「主権在民」など存在しない
日本においては、主権は政府・政治家共にあると言って良い。国会議員になったら、辞めさせることなどできないからだ。日本では、政治家は国民を平気で騙すことができる国。だから、政治家を変えないと「主権在民」など永遠に実現しない…
日本では「半独裁」という中途半端な独裁が敷かれている。国民を平気で裏切る政治家を辞めさせることができないからだ
人の行動には「目的」がある。何の目的で行うのか? それは関係する全ての人の行動履歴の公表が必須になる。そして実行したらどうなるのか、高度なシュミレーションも必要だ。何の目的で、どうゆう経緯で、関係する全ての利害関係者の公表が必須になる。日本では、テレビが公共だから不可能です(笑)
日本の政治家共は、独裁のやり方をよ~く理解している(笑)国民を騙して議員になれば、いくらでも独裁政治ができるからだ(笑)世襲政治を実現し、投票率を下げ、ギャンブルは正しいとの教育で国民を無能にし、利権政治により私腹を肥やし、無能なテレビを情報公開の道具にし、都合の悪い情報は全て黒塗りで非公開。国民を貧民に貶めて金による支配を実現する。いや~、独裁を実現する素晴らしい政策だ(笑)
国民を無能化する「自民党の政策」は、独裁を敷くための「正しい政策」。批判しても意味が無い。こいつら、無能となった国民など平気で騙せるから、同じ悪事を何度も々繰り返す。国民は巷の悪事は絶対に許せないと徹底的に追及するが、政治の悪事は「しかたがない」で許していく。高笑いが止まらない(笑)
独裁は人を「無力で無能な者」へと変えていく。独裁とは戦わなければならない
社会の習熟度を表すものとして「民度」という言葉がある。民度とは、集団に属する人々の平均的な「知的水準」「教育水準」「文化水準」「モラル」「公共意識」「マナー」などを総合的に表す言葉になる
独裁国家においては「民度」は著しく低下する。何故なら、政治の「不正・腐敗・欠陥」を国民自身が認めているからだ。政治とは国の有り様であり、国の文化そのものでもある。独裁を認めるということは、国全体が「不正・腐敗・欠陥」まみれになることを意味している
国の「民度」はそこに住む国民が、政治の「不正・腐敗・欠陥」を認めるかどうかで決まるということだ
この現実を良く理解して「選挙」に望まなければならない。腐敗政治家を選べば、国の教育水準が低下し、文化水準もモラルも低下していく。これが紛れもない現実だ
悲しいかな、日本は選挙で腐敗政治を認めてしまった。政治政策の是非では無く、最も愚かな「人気」によって政治家を選んでしまった。日本の「民度」は、トランプやプーチンを選んだ米国・ロシアとまったく同じ(笑)
これを衆愚政治と揶揄するが、これはまともな判断材料を持たずに判断するが故の結果にすぎない。まともな判断ができる環境が整っていない、まともな判断材料が揃っていない。よって正確な予測結果をまったく知らない。過去の行動から、未来を正確に予測する。それができないから「独裁」などという結果を招く
今回の選挙は何か可笑しいとは感じていた。それはこれまでの「政策の是非」では無く、曖昧な「人気」によって政治家を選ぶという「宣伝合戦」へと変質していたことに…。選挙が「政治家の人気」によって決まってしまう
これは最も単純で、最も愚かな、理想を語る「プロパガンダ」によって指導者を選ぶこと
最も大切な国民の生活の行方を決める大事な「選挙」が、アイドルを決める「人気合戦」にすり替えられた。「自民党」は「イメージ戦略」によって勝利した。これが紛れもない現実だ
人は政治家に「期待」してはならない…
これが自分の出した結論だ(笑)独裁は、政治家への何の根拠もない「期待」が発端になる。プーチン然り、トランプ然り、ヒトラー然り。日本もこの構図にぴったり嵌る。日本の文明は「テレビの時代」「宣伝の時代」と言う「20世紀」で完全に止まっている(笑)
膨大なデータを元に判断できる現代社会。政治家は詳細な行動データを元に判断しなければならない。そしてまともな選挙制度の構築が必至になる
そもそも「期待」とは、相手に対して希望を持つこと。期待するには「相手」がどのような人物か、正確な評価が必要だ。悪人に期待したら、とんでもない事態に発展する。今回の選挙では「私に期待して下さい」とのスローガンを掲げていた。これは「イメージ」で人を惑わす、世の独裁者とまったく同じ(笑)
政治家への「期待」は、自分の望みを叶えられるとの欲望だ。これは政治家の欲望と、自分の欲望とが一致するとの妄信にすぎない。人は己の欲望に取りつかれると、欲望を正当化し、欲望の実現に突進する。「自民党への期待」は、正に己の欲望の実現であり、欲望の正当化そのものだ
党首の「私のことを信用して下さい」とのメッセージは、利権政治を信用して下さいとのメッセージ。何で信用するのかが分からない。党首の欲望と、投票する者の欲望が同じだから信用して下さい、ならば話は分かる。自分の欲望の実現のために、自民党に手を貸した。それが今回の選挙結果と言えるだろう
しかし、政治家の行動とその結果が邪なものならば、一つの欲望が叶えられても、社会環境は阿鼻叫喚の地獄と化す。利権政治とは、国民生活を犠牲にして政治家の欲望を実現するものだからだ。利権政治家を選ぼうものなら、自らの生活は破滅する。過去の行動を鑑みれば、それは一目瞭然だ。これは道理が通じない、文明の後退を意味する
国民はしっかりとした評価が必要なのに、腐敗政治家の集団に「期待」して投票するという愚行を犯した。これは正に政治家に期待して失敗した見本です。国民の欲望と利権政治家の欲望は同じものだ、との「扇動」にまんまと乗った。というのが現実だ。これは利権政治を認めた挙句、国民の貧困化を黙って許す、最悪の結果を招く
「扇動」するの簡単だ。詐欺と同じで、都合の悪い事実を公開しなければいいだけだ(笑)
「自民党」が大勝するよう「扇動」したのが「NHK・新聞・テレビ」というオールドメディア。政党の支持率だけに注視して、「自民党」の悪事の数々を隠蔽し、大勝利への道筋を作った悪党ども。「テレビの時代」「新聞の時代」の終焉が確実に始まった。信頼性は地に落ちた。利用価値など最早無い…。ようやく無用なものだと証明された
今や日本中で「電話・SNS・ホームページ・メール」などによるあらゆる詐欺が蔓延中。日本人が如何に騙されやすいのかが良くわかる(笑)これらを止めるには、詐欺の手口の啓蒙、詐欺に対して重い刑罰、被害者に対しての手厚い補償が必須になる。しかし日本の政治家共は、何の対策も行わない。国民の被害は甚大だが、政治家が率先して国民を騙す詐欺行為を働くのだから、国民など助ける訳が無いだろう(笑)
日本は「詐欺師」が政治家になれる国。これが紛れもない現実だ。私利私欲で動き、人を平気を欺く詐欺師共が、国民を助けるはずがないだろう…。国民が貧困に喘ぐ国を構築した輩に期待するなど、自殺行為に他ならない。これを例えるなら、北朝鮮の独裁者を前に「お助け下さい」とお願いするようなものだろうに…
今回の選挙で分かったことは、「多数決」という制度が如何に危ういものか
独裁は「多数決」によって絶対多数を得られた者が、辞めさせられない選挙制度によって生まれ出る。日本の選挙は、これをはからずも証明した
日本の歴史は、権力争いによる独裁政治の構築と、ボロボロになって崩壊した後に不死鳥にように蘇る、破壊と再生の繰り返し(笑)独裁を築いた国民の生活は…。過去の歴史を見れば分かるだろうに…。これは正に「終わり」の始まりだ(笑)
で、何が「終わり」を迎えるのか?
これは、まともな「判断」をさせないものの終わりを意味する。人はまともな判断材料が無ければ、雰囲気とか、気分とかの不確実なもので判断するしかない。しっかりとした分析によって、正しい判断材料があれば、人はまともな判断ができる。それが情報化社会の真実だ
情報化社会がまともに機能するには、「質問」に対して正しい「答え」が得られる環境を整備しなければならない。日本はこの環境が整っていないことが「選挙」によって証明された。汚職政治家共が大勝など、どこの後進国かとの話でしかない(笑)
国民は馬鹿ではない。国民が馬鹿になる環境が構築されていたからに他ならない
汚職政治家が政権を執ったら、どのような政策を行いますか? と「AI」に質問したら「箱物や大規模公共事業の優先」「必要性の低い開発」「コストの増大」「特定の企業・業界への利益誘導」「歪んだ規制」「不透明な補助金」「捜査や批判をかわすための保身政策」「情報の不透明化」
その結果「短期的には「地元の道路がきれいになった」などの恩恵があるかもしれませんが、長期的には「格差の拡大」「国の借金の増大」「政治への無力感」が社会全体を蝕んでいきます」との答えが出る
正しい答えが得られない社会環境は、まともでない社会へと導かれる。だからしっかりとした情報環境の構築が必至になる
これからどうなるか、その答えは明白だ(笑)人工知能に聞けばいい。独裁政権で国民生活がどうなるか? 利権政治が行き着く先など、まともな訳がないだろう。弱者切り捨ては確実だ。対応策は、国民自身が賢明になるしかない
人の勝手な期待による行動が、災厄として自身に降りかかる。それは「調べる・選べる・知る」手段が無かった過去の歴史を振り返ればすぐ分かる。根拠なき期待ではなく、正確な分析による正確な答えが身を護るための唯一の手段となる
そのためには「役立たず」は問答無用で切り捨てる。誤りを許さない、正しいものを厳選する、役立たずは問答無用で切り捨てる、厳しい時代が訪れる
でなければ自滅は必至。今回まったく役に立たなかった…役立にたないどころか独裁を助長した「NHK・新聞・テレビ」アーンド「SNS」など、真っ先に切り捨ての対象だ。これらは今や「宣伝」の道具にすぎないことが証明された
「SNS」とは単なる意見の掲示板。これを「宣伝」に利用すると、見る人がグループとして固定される。そもそも「SNS」は、見に来る人を一つのグループとして囲い込む。そこには意見に賛同する者達が集結し、強い結びつきが発生する。ファンクラブや意見交換には役立つが、政治宣伝に利用されれば凶悪な道具と化す。そこに都合の悪い情報など何一つ無いからだ
「NHK・新聞・テレビ」&「SNS」が、単なる「宣伝の道具」、イメージを騙るものにすぎないことが証明された。政治家の悪事を判断材料にしないなど、参考にしようものなら確実に破滅する
何故なら、日本の社会システムは、国民を容赦なく見捨てるからだ。腐敗政治を選んだのだから、社会システムが狂うのは当然で、これは最早自業自得。しかもそこには、「正しい判断」に必須となる「調べる」手段など存在しない
「テレビで調べろ」と、放送法が国民に強制する(笑)
危機管理とは「被害」を未然に防ぐ事。「不正・腐敗・欠陥」をしっかり公開するのが、危機管理の基本になる。危機管理は生活の基本であり、常に生活に寄り添い、人の危機・過ちを未然に防ぐ
「NHK・新聞・テレビ」&「SNS」が、危機管理がまったく不能な「宣伝」にすぎないことが証明された。信頼性などゴミクズ以下で、判断材料にはならないことが証明された
「宣伝」とは「中身が不明」という邪悪なもの。時代は「宣伝」と決別し、膨大なデータを分析・解析していく「実態を暴く」時代へと進んでいく…
調べない・調べられないとは「無知」そのものだと断定する、厳しい情報化社会が到来する
ボロボロになった国民は、正しい答えを求め、正しい答えが得られる環境へと否応なしに進んでいくしかない。目の前に「21世紀」の扉となる、「インターネット」という正しい答えが得られる道具があるのだから…
いや~、まだまだ勉強が必要なのか。勘弁してくれ~
Back Ground Music: BEYOND THE TIME、Star Trek
人は失敗の経験から学び、失敗を繰り返さないと心に刻む。だから、それが失敗だと認め、その原因を徹底的に分析しなければならない。失敗を認めなければ、同じ過ちを何度も何度も繰り返す
人は理不尽を呪い、理不尽に立ち向かい、現状を変えようと努力する。その根底となるものは「正しさ」でなければならない。己の欲望のままに突き進むと、欲望にのまれて自滅する
「正しい」とは何か。「正しさ」とは何か。その追求が「正しい路」を切り開く。人には「学び」が必要だ