生活の覚え書き 11

ポピュリズム(大衆迎合主義)


大衆に受けのいい言葉を連発し、支持を得て政治を私物化する輩を大衆迎合主義と呼ぶらしい。いやいや、違うだろ(笑)

自分に言わせると、このような輩は単なる詐欺師。弁が立つから、騙されているだけ。自分の欲望の実現だけに注力し、国民生活などほったらかし。これを詐欺師と呼ばずして何と言おうや(笑)

本来、政治・政策には財政や規制などの痛みが必ず伴う。光ある所には、影がある。光だけを追い続けると、影に飲まれて自滅する。物事にうまい話などありはしない。自分の欲に目がくらむから、いいように騙される

人は目的を果たすため、その手段を模索する。政治の世界では、この目的と手段が厳しく問われる。政治の第一の目的は、国民の幸福だ。この基本が崩れた時、政治は狂う

一体、何のための政策なのか? 誰のための政策なのか? 狂った政策は、国民のためのものではない。政治家のための政策にすぎない

政治で一番忌むべきものは「独裁」だ。世界は二度の世界大戦を通じて、「独裁」が如何に世の中を狂わせるかを理解した。しかし、理解しただけで、独裁の排除などできていないのが現実だ(笑)人は「欲望」という呪縛から逃れられずにいる

「独裁」では「対立」を煽り、打ち倒すことに全力を尽くす。全ての国富をつぎ込むから、国家が衰退するのは当たり前(笑)軍備増強で、国民生活が良くなる道理が無い。軍事費が増えれば当然国民生活に使われる金が削減され、国民の生活基盤は弱体化。軍事費の増加は、国民生活の質の低下を招く。平和な国ほど、国は潤うことを理解すべき

明確な独裁ではない民主政治でも、形を変えた独裁が蔓延っている。「権力者・エリート」などの特権階級と、「一般市民」との対立だ。対立を構築し、一般市民の手に政治を取り戻す。これが「大衆迎合」と揶揄される

しかし、真の大衆迎合とは、一般市民の幸福を追求すること。対立を無くすことが真の「大衆迎合」の意味になる。権力は容易に暴走する。独裁が実現しようものなら、権力者に都合のいい世の中へと変質する。それは「法」による、権力者に都合のいい新たな「秩序」の構築だ

大衆迎合とは、権力の横暴との戦いであり、その目的は大衆の幸福だ。権力は大衆にあるべきで、「主権在民」が基本になる。「主権在民」が崩れた時、独裁政治が台頭する

対立構造を解消し、合理的で倫理的に正しい社会システムの構築を目指すのが、政治本来の役割だ

国民の幸福を追求するには、実現するための財源がいる。限られた財源を、どう使うかが政治家の手腕になる。政治を単純化すると、財源の奪い合いだと分かる(笑)民主政治に独裁が紛れ込むと、財源の搾取により、国そのものが衰退する

民主政治には、国民の厳しい監視が必要になるのは言うまでもないだろう

独裁の下地になるのが「情報の非公開」。日本は「テレビは公共」なので、国民の監視など不可能なのが良くわかる(笑)日本が衰退するのは当たり前

如何に独裁を正すか、それが人類に課された命題だ。しかしながら、世界は独裁を止める政策を明確に提示しない。だからいまだに独裁は止められずにいる

武力による独裁には、武力でしか対処ができない。これが最大の難関だ

まず「国連」に、国家に匹敵する「国連統治」を認めることから始めなければならない。便宜的に「地球連邦」という国家の設立を可能にする。その統治は、国連加盟国から選抜された国連の職員が行う。「地球連邦」は、世界によって統治する国家になる。元の国家は、地方自治を行う下部組織という位置づけになる

地球連邦に加盟する国が増えることで、国家の争いが解消される。独裁国家に対しては、民主選挙の実現を促す。従わなければ制裁と、内部からの改革を支援して、内部崩壊によって独裁国家に止めを刺す。国民主体による連邦加盟を目指すことで、独裁を無くしていく。何故なら、独裁の最大の被害者は国民だからだ

地球連邦の政策の基本は「政教分離」。宗教による影響力の行使や、国教など認めない。政教分離により、宗教対立を終わらせる

独裁を止めるには、体制そのものを変えなければ不可能だ
Back Ground: STILL BURNING

「イスラエル・アメリカ VS イラン」による戦争では、イランの指導者の殲滅という前代未聞の作戦が実行された。恐らく「AI」を使った作戦だろうが、どうもうまくいっていない。理由は「国民の蜂起」が起きないからだ

世界の歴史においては、虐げられた国民は必ず独裁者に対して武力をもって蜂起する。しかしイランでは、独裁者がいなくなっても「蜂起」など起こっていない。「AI」も「何故だろう?」と疑問を持ったに違いない

武力無き蜂起は、軍によって簡単に制圧される。イランの軍部は国民の粛清に容赦などないからだ。この恐怖に打ち勝つには、強力な武器が必要になる。しかし軍事国家においては武器の管理は徹底しているため、市民に武器など渡らない。よって国民の蜂起など起こらない。イランにおいては、軍部の蜂起も必須になる。イランの悲劇は、軍部が骨の髄まで腐っていることだろう

一番の問題は、独裁の期間が長ければ長いほど「不正・腐敗」が蔓延し、最早正常化など期待できないことだろう。情報が制限された国では、反抗心までもが失われていく。独裁に対しては、まず民主主義の徹底した教育が必須になる

これはアメリカが撤退した「アフガニスタン」が良き先例となっている。武力による制圧は、国民の信頼など得られない。国民自らが立ち上がらない政策は成功しないということだ。頭のいい「AI」が考えないはずが無く、アメリカが武力制圧に動かないのは当然だろう

国民を平然と粛清する軍部が核兵器を持とうものなら、周りの国々も一斉に核武装へと舵を切る。核兵器が簡単に使われる状況が生まれるのは、何としてでも防がなければならない。この戦争の是非を語っても意味が無いので、自分がこの現状を引き継いだらどうするかを考える

まず最初しなければならないのは「戦費」の調達だ(笑)石油の輸出港を制圧し、そこにある石油を売却して戦費に充てる。戦争とは略奪だから、正当化に意味は無い(笑)原油施設も接収し、イランの収入源を確保する。戦費の調達と同時に、得られた利益を国民に還元する

荒廃した首都から、住みやすい土地へと移住を促し、インフラ設備と生活基盤の構築に原油の利益を分配する。国富は国民のために使われることを明確にして、武力による支配を終わらせる

政教分離を徹底し、宗教による政治支配も終わらせる。民主政治の理念の普及を徹底し、議会制民主主義を根付かせる。教育を国の柱に据え、男女平等や基本的人権の尊重など保証して、民主主義を徹底させる。平和主義を根幹にして、戦いの無い平和な社会を目指す…

なんだか日本国憲法みたいになっちゃった(笑)

平和主義が国民の幸福を補償する。これは戦争が国民生活を破綻させる最大の原因になるからだ。イランを狂わせた最大の原因は、戦争利権で肥え太ったイランの軍部。戦争利権は国富を蝕み、国民生活を圧迫する。これはアメリカ・イスラエルも同様だ(笑)

教義によりイスラエルの抹殺を企てるイランに対し、イスラエルは体制が崩壊するまで徹底的な破壊を目指す。対するアメリカは、核兵器の放棄のみを目的にする。世界平和など目に無いのが最大の問題だ(笑)アメリカ大統領がイラン国民のためを思えば、体制崩壊までもっていくのが理想になる。これをやらないから、世界中から叩かれる。イランが民主国家へと移行したなら、世界中から賞賛されることだろう。大統領が如何に無能なのかが良く分かる…

「AI」による戦争の引き延ばしによって体制崩壊待ちなら、裏で「国民蜂起」の裏工作を実行中ということだ(笑)大統領にその気があるか。まったく無さそうなのが、最大の問題だ(笑)

戦争とは「経済戦争」と同義になる。自分がこの戦いを引き継いだ時に最初に行ったのが「戦費の調達」なのは、戦争には莫大な金が必要になるからだ。戦いには必ず「戦費」が必須になる。イランには「石油」という莫大な金を生む利権がある。これが「軍部」の利権の源泉だ。これを略奪することで、戦いを終わらせることが可能になる。正に一石二鳥の手段になる(笑)

平和主義とは自衛権の放棄では無い。日本の平和憲法は、武力を自衛に制限する世界に類をみない法になる。侵略の放棄とは、戦争の回避であり、対話を持って平和を目指すことを意味している

日本の独裁を目指す「自民党」の政策をみれば、如何に危ういものかが分かる。それは「放送法」をみれば一目瞭然だ。国民との対話など一切無視して、テレビを持てば問答無用で契約を成立させる。正に独裁の見本のような法律だ(笑)自民党が「憲法改正」など、国民にとっては自殺行為にすぎない

人類の歴史とは過ちの歴史であり、物事の経緯を正確に記録して残すという、情報による正常化との闘いでもある。情報を正しく記録して残すことが、如何に大切なのかが良く分かる。「歴史に学べ」とは「物事は正確に記録しろ」との戒めでもある

人の闘争本能は、良い方に活用しなければならない。悪い方に活用すれば、誰であろうが悪人へと変貌する

人は成すべきものを見つけ、それを成すために努力をし、より良き生き方を目指さなければならない

そのためには「学び」が必須であり、情報化社会においては、膨大な知識が簡単に得られる。知識は得ようとしなければ得られない。得ようとしないから得られない

人は生きる上で障害になるものは、問答無用で切り捨てなければならない。切り捨てなければ、自分自身が潰される。社会の仕組みが狂うと、世の中も、人も狂っていく



ジョン・デューイ





デジタル


そもそも「デジタル」とは何か? 情報を「0と1」の数字や記号(データ)に置き換えて処理する仕組み。これにより、情報をデータとしてコンピューターで処理できる

デジタル化とは、情報をコンピューターで処理できるようにすることだ。日本の公共情報は「アナログのテレビ放送」に限定され、放送法によって「公共情報」として国民に強制される。日本の公共情報は、コンピューターで処理できないアナログ情報ということだ(笑)日本国民は、公共問題を処理できない奴隷生活を強いられる…

昨今、教育現場でデジタル化が進んで、タブレットを使った教育が始まっている。しかし外国では、デジタル教育が見直されているのが現状だ。では何故、教育にデジタル化が問題になるのか

初等教育では、「物事の善悪」や「規則の学習」や「集団での行動」などを学ぶのが基本になる。これはデジタルとは無縁の世界(笑)鉛筆を使って、手先の器用さを学ぶ必要があり、集団行動で会話の大切さを学ぶ場が必要になる

初等教育は、人の人格形成に重要な役割を担っている。ここに「スピード」と「正確性」を競うデジタルは必要ない。じっくりと物事を考えることが必要であり、時間をかけてしっかりと問題を解くことが必要になる

デジタルが必要になるのは、全ての基礎学習を終えた後の高等教育の現場になる

デジタル化で人は考える必要が無くなるのか? 自動化できるものは、デジタル化で何も考えずに処理できる。